2012年11月24日

イメージクラシック「月」その7

ベートーヴェン ピアノソナタ第14番嬰ハ短調『月光』より第1楽章

スイスのルツェルン湖の月夜
さざ波に揺らぐ小舟のようである(R・レルシュターブ)

 先日娘の参加したピアノの発表会でベートーヴェン月光ソナタが弾かれていました。生徒さんが弾いているので、途中立ち止まりそうになるくらいゆっくりだったのですが、そのおかげで、僕はベートーヴェンは何を思いながら、このようなアダージョの第1楽章を書いたのだろうかと考えてしまいました。

 この『月光』というタイトルは、ベートーヴェン自身がつけたものでなく、この曲を聴いたドイツの詩人R・レルシュターブが述べた感想が由来になっていることは有名です。このタイトルがなかったなら、月光をイメージするだろうか、ベートーヴェンは全く別の物を想像しながらこの曲を書いたのだろうかと、いつも考えさせられます。そんなこともあって、僕はイメージクラシック「月」のカテゴリーにこの曲を入れることをためらってきました。

 小学校の時、月光ソナタとして、この曲を初めて聴きました。その時僕の頭には、月夜に照らされた夜の湖面が浮かんでいました。それ以来、月光のイメージとこのソナタは切り外すことができなくなってしまいました。それはともかく、このタイトルがずっと定着しているということは、この月光のイメージが的を得た表現であることを物語っています。



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2012年11月23日

イメージクラシック「夕日」その4

モーツァルト 弦楽四重奏曲第18番イ長調より第3楽章

夕日の差し込む居間で
うつらうつらと夢の中
母が読み聞かせてくれた
果てしなく続く物語

 モーツァルト弦楽四重奏曲第18番の第3楽章のアンダンテでは、いつ果てることもない物語のように、暖炉の様な暖かい音楽が、次々と形を変えて現れては消えていきます。その暖かく回想的な叙情を持つ音楽を聴いていると、幼いころに物語を読んで聞かされた体験を思い出してきます。どこか「夕焼け小焼けの歌」に通じる情緒をこの音楽は持っているように感じます。

 この楽章は変奏曲形式で書かれており、とても長大で、おそらくハイドンセット全6曲の中で一番演奏時間が長い楽章です。変奏曲の持つ回想性とこの長大さが、果てしなく続く夢物語のように感じる原因となっていることは明らかでしょう。モーツァルトは変奏曲の大家で、『キラキラ星変奏曲』が良く知られていますが、その内容の充実ぶりでは、おそらくこの曲と、同じハイドンセットの弦楽四重奏曲第15番ニ短調の第4楽章が双璧ではないでしょうか。

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ラベル:モーツァルト
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2012年11月17日

イメージクラシック「森」その6

マーラー カンタータ『嘆きの歌』より第1部「森のメルヘン」

静けさが覆う暗い森
まるで息をひそめているようだ

 晩秋の森は静かです。蛙や虫の鳴き声は全く聞こえず、落ち葉を踏みしめる音がざくざくと聞こえるだけで、足を止めると不気味な静寂があたりを覆います。まるで森が息を凝らして、僕の行動を監視でもしているかのように感じます。

 マーラーカンタータ『嘆きの歌』は森を舞台にした物語に音楽をつけたもので、第1部の「森のメルヘン」の冒頭では森の静けさがホルンとクラリネットによって幻想的かつ牧歌的に表現されます。この牧歌的な音楽は、すぐに不気味な半音に始まる悲劇的なクレッシェンドに打ち消され、劇的に物語の幕が開きます。この開始の部分はとても鮮烈です。
 
 この物語はマーラー自身がグリム兄弟の民話の中の素材を集めて創作したもので、次のような内容です。

第1部「森のメルヘン」兄が王位に就くため弟を殺す
第2部「吟遊詩人」吟遊詩人がその骨を拾って笛を作る
第3部「婚礼の出来事」笛の調べが真相を語り、すべてが滅びていく

 マーラーがこの曲を作曲したのは20歳の時で、まさに彼のデビュー作でした。演奏時間70分を超える大作で、すでにオーケストレーションは完成されており、のちの交響曲などにでてくるフレーズなどが何度も登場します。まさに完成された天才を感じる音楽ですが、当時の音楽界にはまったく理解されず、彼は失意のうちに指揮活動の方に専念するようになるのでした。

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ラベル:マーラー
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2012年11月14日

イメージクラシック「晩秋」その1

モーツァルト 弦楽四重奏曲第17番『狩』より第3楽章

寂しさはその色としもなかりけり真木立つ山の秋の夕暮れ(寂蓮)

 青空が広がり、ちょっと汗ばむような暖かさがあった日中でしたが、夕べになるとどこからか冷たい風が吹いてきて、紅葉した葉っぱを揺らすさびしい音が聞こえてきます。

 モーツァルト弦楽四重奏曲第17番『狩』の第3楽章アダージョは、秋の夕暮れの寂しさの情緒を感じさせてくれる作品です。第1楽章の狩の角笛をイメージさせる明朗な音楽が有名な同曲ですが、その他の楽章も非常に印象的な優れた音楽で、特にこの3楽章はちょっと寂しさの入り混じった深い情緒が印象的です。明るい1楽章との対比が、一層寂しさを強調する効果を出していて、まるで晩秋の快晴の日の明るい日中と寂しい夕暮れのコントラストのようです。

 この四重奏曲は、速筆のモーツァルトが足掛け3年の長い年月をかけて作曲した「ハイドン四重奏曲」(全6曲)の第4曲にあたり、恐ろしいほど完成度の高いこの曲集の中にあって、一番肩の力を抜いて聴くことができる曲です。この曲を作曲していたころのモーツァルトは、ウィーンでの成功や親との和解など幸せな状況にあり、その心の充実と余裕がこの曲に反映されているようです。

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ラベル:モーツァルト
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2012年11月11日

キーワードクラシック「チャイコフスキーのワルツ」その2

チャイコフスキー バレエ音楽『白鳥の湖』第2幕よりテンポ・ディ・ヴァルス(白鳥の娘たちのワルツ)

白い月の光が舞台を照らし
優雅なワルツが会場を満たす

 11月と言えば芸術の発表会です。毎週のように音楽ホールや文化施設のホールでは演奏会やバレエの発表会が催されています。夜のコンサートが始まる夕暮れ時、音楽ホール等を目にすると、僕の心には自然とチャイコフスキーの『白鳥の湖』第2幕の白鳥の娘たちが踊るテンポ・ディ・ヴァルスが浮かびます。

 このワルツは、優雅さと哀愁を併せ持ったいかにもチャイコフスキーらしいワルツです。第1幕の最初で、村の娘たちが踊るワルツが、バレエ組曲に選ばれていることもあり有名ですが、この第2幕のテンポ・ディ・ヴァルスもそれに劣らぬ魅力を持っています。このワルツは第2幕の中で3回も登場します。最初の2回はイ長調で、3回目は変イ長調で力強く演奏されます。この繰り返しが、このワルツの印象を強くしていることは間違いないと思われますが、このことは逆に、繰り返しても飽きの来ない名ワルツだということを物語っています。



 
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