2011年02月22日

イメージクラシック「冬」その3

ブラームス ピアノ四重奏曲第2番イ長調

 ちょっとした小春日和のような暖かさが感じられる1日でした。空気は冷たいのですが、日のぬくもりを受けて、今まで寒さの中でじっと固まっていた何かが動き出しそうな期待感をかすかに抱きました。

春は近くまで来ているかわいい


 真っ青な空の下、冷たい風に揺れる一面のすすきとすっかり葉を落としてしまった木々。寒さの中にも、明るい希望が・・・。このような日には、

日溜まりの音楽晴れ


を聴きたくなります。日溜まりの情緒を感じさせてくれる作曲家といえば

シューベルト
ブラームス

この2者の右に出る者はありません。今日はブラームスの日溜まり情緒に満ちた傑作ということで、

ピアノ四重奏曲第2番イ長調

ブラームスのピアノ四重奏曲と言えば、第1番ト短調がもっぱら有名で、2番は変化に乏しく平明であるという評価をされて目立たない存在となってしまっていますが、僕は第1番に勝るとも劣らない傑作だと思っています。第1番は激情的で、緩急に富んでおり、一方、2番の方は、小春日和のようにぽかぽかした陽気と同時に、冬の冷たさを感じさせるような、青年の移ろいやすい心を見事に描き切った傑作だと思います。

第2番の特徴は

壮大なスケール(ブラームスの室内楽の中で最も演奏時間が長い)
一度聴いたら忘れられない特徴的なリズム
音色が豊かで、オーケストラのような響き
陰影に富んだ豊かな叙情


そして

冬の晴れた日にかすかな期待と郷愁を抱かせる詩情(主観的ですが)


です。このことから、第2番は第1番の陰に隠れた存在なのではなく、第1番と対をなす存在であると言えます。ブラームスのピアノの室内楽の作品は

ピアノ三重奏曲・・・3曲
ピアノ四重奏曲・・・3曲
ピアノ五重奏曲・・・1曲


ですが、質と量を考えると四重奏曲が群を抜いていると思います。


第1楽章アレグロ
穏やかな特徴的なリズムを持つ主題で開始。単純な主題が油絵の具の重ね塗りのように重厚な音楽に発展していきます。第2主題のリズムはもっと特徴的で一度聴いたら忘れられません。主題展開部では、第1主題と第2主題がシンフォニックに展開され、オーケストラを聴いているような迫力があります。


第2楽章アダージョ
晴れた真冬の湖面に映った景色を見ているような情緒があります。しばしば表れる弦とピアノの弱音が印象的。移ろう若者の心の変化を表現しているのでしょうか。


第3楽章スケルツオ
力強い舞曲。若者のエネルギーに満ちています。


第4楽章フィナーレ。アレグロ
新しい朝日を浴びて、新たに出発するようなはじまり。第1番と同じようにジプシー音楽が顔を出します。

ラベル:ブラームス
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2011年02月13日

イメージクラシック「冬」その2

シベリウス ヴァイオリン協奏曲ニ短調

極寒の澄み切った北の空を、悠然と滑空する鷲のように

 シベリウスは自作ヴァイオリン協奏曲ニ短調の第1楽章冒頭の第1主題に対して、上記のように述べています。この曲のイメージを表現するのに、この作曲者の言葉以上のものはないと思います。

厳しさ
冷たさ
物悲しさ
ほの暗さ
さびしさ

おそらくこの曲を聴いて多くの人がこのような印象を抱くことと思いますが、これらのキーワードはすべて「極寒の冬」に当てはまります。特に全曲の半分を占める第1楽章は、ほの暗く冬の冷たさがひしひしと伝わってきます。オーケストラは盛り上がりそうなところで突如として沈黙するので、もどかしくまるで極寒の厳しさの中に閉じ込められたような気分になります。シベリウスの作品の中で、このような閉塞感のある音楽は他に交響曲第4番の第1楽章、第3楽章だけではないかと思います。

 僕は中学生のころ、はじめてこの作品を聴きましたが、この第1楽章の閉塞感についていけませんでした。確かクレーメルの演奏だったと思いますが、LPのA面がこの曲、B面がシューマンのヴァイオリン協奏曲でした。この2つの暗いニ短調協奏曲は、中学生の僕には余りにも重く感じられ、何度か聴いただけでお蔵入りになってしまいました。その後シベリウスのいろいろな作品を聴きこんできた僕は、今ではこの曲をシベリウスらしさが表れた傑作として聴くことができるようになりました。 

 最後に、第2楽章第3楽章は、第1楽章とは対照的な温かみを感じる親しみやすい音楽です。僕は、このギャップに作曲者の意図を感じますが、結果的に聴き手に救いの心をもたらしてくれ、やはり大作曲家の傑作です。






ラベル:シベリウス
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2010年12月19日

イメージクラシック「冬」その1

チャイコフスキー 交響曲第4番へ短調

 いつの間にか、寒さが心と体に応える季節になりました。僕は晩秋と同様上着はパーカーのみという薄着をしていましたが、さすがにきつくなってきました。


冬将軍来たり。さあかかって来い。

 冬は人を身構えさせます。緊張させます。逆に夏は人の心を開放し、弛緩させます。僕はこの季節感が人の美的感覚や考え方に大きな影響を与えるものだと考えます。スペインの作曲家とフィンランドの作曲家の音楽はまるで違うように、音楽についても生まれ育った気候、風土というのは作曲家の心の世界に決定的な影響を与えるものです。そう考えると、どこで生まれ、どのような環境で育ったかというのは人を考える上で非常に重要なファクターだと僕は思います。

 チャイコフスキー交響曲第4番へ短調は、まさにロシアの厳しく荒々しい冬と作曲家に降りかかってくる過酷な運命が完全にオーバーラップした、とても個性的で強いメッセージを持った作品です。この曲の第1楽章冒頭のホルンとファゴットによるファンファーレは、厳しさと過酷さと強靭さに満ちたとても印象深い音楽です。このファンファーレはこの曲のいたるところで登場し、この曲の悲劇性と鋭角性をこれでもかと強める効果を発揮しています。


 金管楽器の咆哮によるファンファーレで始まる交響曲は多くなく、有名なものではこの曲とともにマーラー交響曲第5番があるのみです。ファンファーレはもともと式典や軍隊のために演奏される音楽ですが、この2つの交響曲では軍隊のイメージから戦争へ、さらに運命との戦いに意味が転じて使われています。この2つの交響曲は、各々の作曲家の交響曲の中で、最も深刻で、血を流すような痛みを感じる曲として存在しています。僕はこのブログの中で何度かチャイコフスキーとマーラーの美的感覚が似ていることを指摘してきましたが、この2曲は最もこのことを象徴的に表している例のひとつではないでしょうか。

 長大で充実した第1楽章の後、寒い冬の夜にマッチを擦って寒さをしのぐ物語を思わせる第2楽章、マッチが灯す明かりの戯れのような第3楽章、夢もプライドも捨ててパーティーに興じる第4楽章と続きます。クリスマスを前にこの曲を聴くと、なぜだか楽しいクリスマスから見放された若者の姿が浮かんできます。

現世への別れの想いをこめた悲愴交響曲と違って、第4交響曲には運命に翻弄されながらも前向きに生きようとする作曲者の意思が感じられます。この交響曲の作曲の年より、チャイコフスキーは大富豪フォン・メック夫人から作曲に対する惜しみない支援金を得るようになり、作曲家としては何不自由なく思う存分作曲に取り組める恵まれた環境を手に入れます。このような事情があるためか、僕はこの曲には、ぎらぎらした欲望と紙一重の作曲家としての野心のようなものがあるようにも思います。



 
posted by やっちゃばの士 at 07:26| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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