2012年08月19日

イメージクラシック「故郷」その」3

ボロディン 歌劇『イゴーリ公』より「ダッタン人の踊り」

故郷への郷愁を誘う歌

 ボロディン歌劇『イゴーリ候』は、囚われの身となったキエフ公国のイゴーリ公が脱出を図ろうとする愛国劇です、この歌劇はボロディンの死によって、未完に終わりましたが、仲間のリムスキー=コルサコフらの手によって完成に至りました。歌劇自体は長大で頻繁に演奏されることはありませんが、第2幕の「ダッタン人の踊り」「ダッタン人の娘の踊り」「ダッタン人の行進」(これらはまとめて「ダッタン人の踊り」と呼びます)は有名で、オーケストラピースとしてたびたび演奏されます。

 力強いダッタン人の踊りととても抒情的な合唱のコントラストが印象的で、特にこの合唱は故郷への郷愁を誘わずにはいられない名旋律だと思います。オリエンタリズムと故郷への思いが詰まった音楽として、今後も愛されていくでしょう。



posted by やっちゃばの士 at 07:05| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 故郷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月29日

イメージクラシック「故郷」その2

ドヴォルザーク チェロ協奏曲イ短調より第2楽章

 晩秋になると、僕は故郷の岡山に帰郷した時のイメージが浮かび上がります。僕には娘が3人、歳が2つずつ離れています。3歳になる度に七五三のため帰郷していました。3人とも、瀬戸内の島々が眼前に広がる児島半島の山の上にある神社で七五三の儀式を行いました。昨年は末っ子が七五三でした。11月末の山の上は寒く、人影のない鄙びた田舎のさびしさと、社の木の壁から伝わってくるしんしんとした冷気が印象的でした。

 僕は11年都会である浦安に住んでいますが、同じ日本の海沿いの街とはいえ、故郷とはずいぶんと雰囲気が違うので、仕事の忙しさから離れると、今度はいつ故郷に帰ることが出来るかなと思うことがよくあります。空間的に離れていても、故郷のイメージは心に焼き付いていて、絶えず心に働きかけていくものだと思わされます。

 大作曲家にも故郷に対する思いが強く、異国の地で作品にその思いを込めた人たちがたくさんいます。ポロネーズマズルカなどの故郷ポーランドの舞曲をフランスの地で生涯にわたって書き続けたショパンやアメリカの地で故郷ボヘミアの民族音楽を作品に盛り込んだドヴォルザークがその代表と言えます。特にドヴォルザークの故郷思いは有名で、50歳になってからニューヨークナショナル音楽院の院長の職を務めるため渡米しましたが、3年後には強烈なホームシックにかかってしまいました。
 
 アメリカ時代の最後の作品である有名なチェロ協奏曲は、ホームシック状態の中で作曲されました。この曲の完成後わずか2カ月で彼はアメリカの地を去っています。どうやら彼のホームシックは限界状態にあったようです。そんな彼の故郷の地を懐かしむ思いが良く表れているのが第2楽章のアダージョです。晩秋のボヘミアの田園風景がとても抒情的に浮かび上がってくるようです。ちなみにドヴォルザークの作曲期間は11月から2月で、おそらく彼はボヘミアの冬の枯れた草原を思いながら書いたのではないかと僕は考えています。

 夕暮れ時あっという間にあたりが闇に包まれてくると、ほの暗い幻想的なチェロの響きが、頭の中の暮れた風景を駆け巡ります。

 
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2010年11月24日

イメージクラシック「故郷」その1

チャイコフスキー 弦楽四重奏曲第1番ニ長調より第2楽章アンダンテ・カンタービレ
 
 先日故郷の岡山に帰郷しました。3番目の娘の七五三を地元の神社で行うためです。僕の故郷は児島半島の先端で丘から真正面の位置に小豆島が見えます。クラシックに目覚めた中学生から社会人になるまで、この半島の野山を僕は夕べになると音楽とともに散歩したのでした。僕のイメージクラシックの原点がこの故郷の風景にあります。

 晩秋の日暮れは早く、夕焼けぞらを背後にした山々は黒く迫ってきそうな様子です。僕は小学校に上がるまで集落を見渡せる高台に住んでいました。夕べの暮れていく集落を見下ろしながら、祖母と一緒に共働きの両親の帰りを待っていたものです。今都会に住んでいても、この幼少のころの記憶が鮮明に浮かび上がります。

 チャイコフスキーアンダンテ・カンタービレを聴きながら故郷を偲びたいと思います。僕はこの曲の中に、チャイコフスキーの幼少のころの思い出がいっぱい詰まっているように感じています。チャイコフスキーはウラル地方の鉱山技師の息子として生まれました。夕暮れ時の黒くそびえるウラル山脈とその麓で帰路を急ぐ少年が感じた世界が、この曲を聴くと目の前に広がるように思うのです。こみあげてくる懐かしい思い出、トルストイがこの曲を聴いて涙したという話はあまりにも有名です。


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