2011年12月06日

イメージクラシック「風」その9

サン=サーンス チェロ協奏曲第1番イ短調

 冷たい風が朝から吹き付ける日が次第に増えてきます。枝のわずかな葉は、つむじ風に巻き落とされ、人々は足早に帰路を急ぎます。かじかむ手をすり合わせながら、温かい室内の平和に入ることを目指して。チェロの包容力のある温かい響きがいつの間にか僕を包んでいるのでした。

 街頭を舞うつむじ風。サン=サーンスチェロ協奏曲第1番の第1主題はオーケストラの上を、自由自在に舞う風のように駆け抜けます。この第1主題は緊張感に満ちているが大変親しみやすい音楽で、この曲の印象を鮮明なものにしています。第2主題は風がやんで、わずかばかりの平和な時間を刻むようなユニークさを持っています。

 サン=サーンスの音楽は、エレガント都市的な響きを持っているのが特徴です。晩秋のパリのオープンカフェの風景でも想像しながら聞くと楽しいと思います。



 

 
ラベル:サン=サーンス
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2011年11月24日

イメージクラシック「風」その8

ドヴォルザーク 交響曲第4番ニ短調より第1楽章

冷たい風が少ない葉っぱの付いた木々を揺らす季節になりました。ざわざわという葉っぱの揺れる音を聴きながら、僕はバルコニーで寒さを忘れてコーヒーを飲んでいました。来るべきイベントのため、期待感が寒さを忘れさせてくれます。期待感は夜になるとイルミネーションとして外界に姿を表します。

風の作曲家ドヴォルザーク

僕は、チェコの偉大な音楽家ドヴォルザークの作品を、この時期になると聴くことが多くなります。晩秋から冬の始まりにかけての風の音を彼の音楽の中に聴くからです。昨年は交響曲第7番を「風」で取り上げましたが、今回は交響曲第4番の第1楽章です。

風のざわめきのような不安定なトレモロに乗って、風の襲来を告げるかのような音型が表れオスティナート風に展開していきます。僕はこの音型を

風を呼ぶ声

と名付けています。この風の呼ぶ声に乗って、力強い第1主題と、ドヴォルザーク得意の故郷を懐かしむような美しい第2主題がテンポよく進んでいきます。

 ドヴォルザークは機関車好きとして大変有名です。この曲もそうですが、彼の音楽の大きな特徴である風のように流れのいいテンポとリズムは機関車の車輪のリズムと加速に重なるところがあるように思います。


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2011年07月20日

イメージクラシック「風」その7

リスト 『2つの伝説』より第2曲「波の上を渡るパオラの聖フランチェスコ」

台風上陸間近の舞浜海岸の夕暮れ時。人影はまったくなく、びゅびゅうと吹きつける風とごおごおという海鳴りが僕を押し返そうとしました。ただ、海上一面は船の明りの輪で埋め尽くされていて、東京湾にはこんなにも多くの船が浮かんでいるのだなあと驚きを感じたものです。動じないことこそ・・・

 リストのピアノ曲『2つの伝説』の第2曲「波の上を渡るパオラの聖フランチェスコ」は、リストが50歳を過ぎてから、キリスト教への信仰を深めた時代の作品で、彼は風の吹く荒波の上に立って、キリストの愛を説く聖フランチェスコの姿をピアノで表しました。

 曲は聖フランチェスコの愛の説法を表す讃美歌風の慈愛に満ちた主題波風を表す分散和音やトレモロの装飾音がぶつかりあいながら展開します。不気味な半音階の装飾音が強く駆けあがるようたたみかけてくると、それに負けじと力強く愛と信仰の炎が燃え上がります。

天使と悪魔

リストの音楽的特徴が顕著に表れた傑作です。


僕はこの葛藤と愛の勝利を聴くたびに、「このようにありたい」と思います。

ラベル:舞浜 リスト
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2011年07月12日

イメージクラシック「風」その6

ドビュッシー 交響詩『海』より第3曲「風と海との対話」

美しい夕焼けと木々の枝を揺らす風に誘われて、僕は舞浜海岸に向かいました。舞浜海岸はおそらく東京湾の最も奥まったところにあり、房総半島を目の前に見ることができます。

房総の山々の上には煙のように濁った入道雲
西の空から房総の空に伸びる砂浜のような雲
強い風の中干からびた化石のように浮かぶ月
強風をもろともせず帰路を急ぐ飛行機の隊列
人のいない防波堤に打ち寄せる黒い鋼色の波


 実際に防波堤の上に立ってみると、強い潮風と鋼色の荒波がまるで僕を拒否するかのように挑んできました。彼らに意思があるわけではないものの、コントロールできない自然の脅威を見る思いでした。

 ドビュッシー交響詩『海』の第3曲「風と海との対話」はまさしくこの強風と鋼色の不気味な荒波のような低弦の不気味な音色で始まります。緊張の波が寄せては去りを繰り返しながら音楽が進みます。


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2011年06月24日

イメージクラシック「風」その5

ヴォ―ン・ウィリアムズ 交響曲第5番ニ長調より第2楽章スケルツォ

湿度の高い1日でしたが、結構強い風も吹いていて、風の通り道では、時折汗も体も吹き飛ばされそうでした。街路樹の葉っぱが風に揺らされて、白い葉の裏を一斉になびかせる光景は気持ちの良いものでした。

草原の空に舞う一枚の白いハンカチ

 ヴォーン・ウィリアムズ交響曲第5番ニ長調は、田園情緒を余すことなく伝えてくれる作品です。ヴォーン・ウィリアムズはイギリスの田園情緒をその多くの作品の中で表現していますが、この交響曲第5番は『田園交響曲』(交響曲第3番)と並んで、代表的な傑作となっています。僕の頭の中では、

交響曲第3番は春の田園情緒
交響曲第5番は初夏の田園情緒

という整理を勝手にしていますが、どちらの交響曲にも自然と感じられるのが「」の音です。「風」が描写されているわけではありませんが、僕は両曲に「風」のイメージを感じます。これはベートーヴェンの田園交響曲にはない風情で、おそらくイギリスという島国で育ったヴォーン・ウィリアムズが幼少のころから感じていた強い偏西風のイメージがあるからではないかと思います。

 特に交響曲第5番の方は、各楽章に風のざわめきのような音楽が登場します。この風のざわめきは、どこか不安な心を暗示させるようなものがあります。この曲が作曲されたのは1942年、まさに第2次世界大戦の真っただ中であることを考えると、戦争あるいは文明社会への不安といったものが知らず知らずのうちに表れているのかもしれません。第2楽章スケルツォは、どこか落ち着きがなく忙しない音楽ですが、風に流されてひらひらと舞うハンカチのように、自然あるいは運命に流される小さな存在を少し諧謔的に表しているように感じます。

posted by やっちゃばの士 at 18:12| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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