2012年12月13日

イメージクラシック「夜」その11

ブラームス クラリネットソナタ第1番へ短調より第1楽章

初冬の寂しい夕べ
薄暗い灯りのともった部屋だけれども
どこか暖かい

 ブラームスクラリネットソナタ第1番の第1楽章。寂しくもどこかほっとするようなその音楽は、日が暮れてその日の疲れを引きずりながらも、仕事から解放されてほっと一息つくときに、聴きたくなる音楽です。ブラームスの最晩年に書かれただけあって、寂しさがにじみ出ていますが、どことなく暖かさが感じられる不思議な味わいがあります。

 マーラーの屋根裏部屋で親しい音楽仲間がこの曲を演奏するのを聴いて魅了され、「どんな作品もそうだけれど、それを正しい雰囲気で聴かないと、あらゆる効果は失われてしまう。」と語ったそうです。(『グスタフ・マーラーの思い出』ナターリエ・バウアー=レヒナー著より)

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タグ:ブラームス
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2012年11月04日

イメージクラシック「夜」その10

ラフマニノフ 2台のピアノのための組曲第1番「幻想的絵画」より第2楽章 夜…愛

闇の潮は満ちていき
癒されるものは嬉々として歌う

 ラフマニノフ2台のピアノのための組曲第1番は全4楽章からなり、「幻想的絵画」というタイトルが示すように、各楽章に詩の引用と標題がついています。その中の第2楽章は、夜と愛という標題がついていますが、夜が更けていくのを、嬉々として歌う鶯の声を模したピアノの妖しい調べが印象的です。満ち潮のように闇が満ちて来る様子の音楽に、僕は何かすごみのようなものを感じます。

 小学生のころ、よくこの季節に釣りに行っていました。干潟を通って陸続きの小島で釣りをするのですが、いつの間にか冷たい風が吹き出して、辺りがあっという間に暗くなっているのでした。そして元来た干潟を通ろうとすると、そこはなみなみと海水がいつの間にか覆っているのでした。そんなことがあってか、僕には闇と満ち潮の速さが重なって見えるのです。

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2012年10月30日

イメージクラシック「夜」その9

ワーグナー 楽劇『トリスタンとイゾルデ』より第2幕

さあっと満ちていく潮の流れのように
闇があたりを覆っていく
東の空には月がオレンジ色に燃え
海辺の公園のベンチには女性がひとり
誰かを待っているようだ

 仕事に没頭していて、気がつけばいつの間にか辺りが真っ暗になっていると感じる季節になりました。いつまでも終わらない昼間と違って、早く満ちる夜の海は緊張した気持ちを癒したり、大胆にしたりする作用を及ぼすのではないかと僕は感じています。

 さて、そんな夜の闇の力を極限にまで表現し、賛美している音楽がワーグナー楽劇『トリスタンとイゾルデ』の第2幕です。この楽劇は、生と死、昼と夜、現実と願望、苦痛と快楽の葛藤が音楽のうねりとなって延々と続いていきます。

トリスタンの昼を呪う叫びがとても印象的です。
Dem Tage!Dem Tage!   昼!昼!
Dem tuckischen Tage. 陰険な昼。


そしてトリスタンとイゾルデの二人は高らかに次のように歌います。
O sink hernieder. おお、降りてこい。
Nacht der Liebe.  愛の夜よ。


 この楽劇は全3幕からなり、第1幕と第3幕が昼間の苦痛の世界、第2幕が夜の癒しと快楽の世界というシンメトリックな構成になっています。第2幕はこの楽劇の山(頂点)であると同時に、ワーグナーの全作品の中の頂点ではないかと思われるほど、人を引き込む力がある音楽です。

 僕のクラッシック音楽鑑賞の歴史の中にあって、最も衝撃を受けた作品は何かと問われれば、真っ先にこの作品を上げます。高校生の時、初めて買ったワーグナーのオペラのCDがこの曲でした。その音楽の持つ魔力に圧倒され、僕はワーグナーについてもっと知りたいと思うようになりました。その後すべての彼の代表的な作品を聴きましたが、この『トリスタンとイゾルデ』を超える作品はありませんでした。




タグ:ワーグナー
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2012年08月09日

イメージクラシック「夜」その8

レスピーギ 交響詩『ローマの祭』より「十月祭」

祭りの後の静かな広場に
白い月の光がしんしんと降り注ぐ

 毎夜のようにどこかで夏祭が行われるシーズンになりました。祭りの後に残された会場は静まり返っていて、切なさと希望とが混じり合った独特の余韻を残してくれるものです。

 レスピーギ交響詩『ローマの祭』の「十月祭」の後半部分、祭りが終わって夜が更けていき、切なく甘いヴァイオリンのソロと、遠くから聞えて来るマンドリンの響きが、闇の中でささやく恋人たちのロマンティックな想いを表します。夏祭が終わった後の雰囲気にぴったりな曲だと思います。「十月祭」とは収穫祭のことですが、音楽を聴く限り、標題の季節を感じさせません。

 レスピーギはリムスキー=コルサコフの弟子で、二人ともきらびやかなオーケストレーションが持ち味とあってか、夏になると聴きたくなる作曲家です。

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ゴッホ「星の多い夜」





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2011年10月21日

イメージクラシック「夜」その7

モーツァルト 弦楽四重奏曲第16番変ホ長調より第1楽章、第2楽章(ハイドンセット第3番)

10月も後半に入り、夜の空気も少し冷たくなりました。草むらの中で鳴く虫の声も少し少なくなったような気がします。庭のソーラーライトは電池がないせいか、ゆらゆらと光がガラス管の中で揺れています。見ていて弱々しそうに見えるのですが、決して消えることのないその光の揺らぎは、安心感と心地よさを与えてくれるのでした。

 モーツァルト弦楽四重奏曲第16番(ハイドンセット第3番)の第1楽章。冒頭の主題の持つ半音階の揺らぎは、幻想的な美の世界に瞬く間に誘い込む力を持っています。曲の随所にみられる揺らぎは、幻想的で風雅な楽想を生み出し、夜のディベルディメントともいうべき印象を与えてくれます。

 続く第2楽章もゆっくりとした揺らぎが、深まっていく夜の静けさの中に揺れる灯りのような美の世界を作りだしています。第1楽章と第2楽章は、夜の始まりから夜更けへとつながっていくような密接なつながりを持っているようです。

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 ハイドン・セットの6曲は、それぞれ全く違った個性を持っていて、その完成度の高さはモーツァルトの作品の最高峰と言ってもいいと僕は考えています。この第3番は最も幻想的でロマンティック。秋の夜に聴きたい一曲です。

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