2012年02月06日

イメージクラシック「日の出」その7

ブラームス ピアノ協奏曲第2番変ロ長調より第1楽章

小春日和の穏やかな日の出

 今年は厳しく寒い日が多く、立春を過ぎてからも小春日和にはまだ遭遇していません。故郷の山の梅園ではもう梅の花が咲いているのだろうかなどと思ったりします。北西を山に囲まれた梅園は北風が通らず朝日を浴びる午前中は温かいのです。

 ブラームスピアノ協奏曲第2番の第1楽章の冒頭、穏やかなホルンに導かれてピアノが優しく続く部分は小春日和の日の出を思わせます。その後音楽は緊張感を高め、幻想的になっていきますが、また日の出のような勇壮な音楽になって朝を迎えます。とても円熟味がある聴きごたえのある音楽です。

 北ドイツ生まれのブラームスは、名声を得た壮年期イタリア旅行にしばしば出かけたようで、この曲にはイタリア旅行で感じた思いが反映されていると言われています。旅行は気分をリフレッシュさせてくれる効果がありますが、この曲はまさに作曲者自身がリフレッシュされているなということがひしひしと伝わってきます。

 僕は中学3年の冬のある晴れた日曜日に、この曲のレコードを買いに、初めて自転車で岡山市内まで出かけました。長い峠を越えて約1時間半近くかかった記憶があります。この時期はCDとレコードの両方の新譜が発売されていた時期で、この曲は僕が最後に買ったレコードになったのでした。


タグ:ブラームス
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2012年01月14日

イメージクラシック「日の出」その6

シベリウス 交響曲第4番イ短調より第1楽章

暗闇の世界
地平線からかすかに顔を出す
オレンジ色の太陽
地平線すれすれに
東から西に薄暗い天を移動する
風はざわめき立ち
森の小鳥は無邪気に歌う
夜はまだ明けないのだろうか

 寒い冬の朝昇ってくる太陽はエネルギーに満ちています。鋼色に凍てついた大地を照らすオレンジ色の光は燃えるようです。体は温かくならないけれども、心の暗闇を燃える火の塊が何かを探して動くのが見えます。

 シベリウス交響曲第4番の第1楽章の冒頭。うめくような低弦の第1主題の後、金管楽器が何かを呼び覚ますように登場し、やがて音楽がクレッシェンドしていく部分は、エネルギーがだんだん満ちて最後に爆発する「日の出」のようです。ただ日の出の後空は決して明るくなることはなく、太陽は月のように暗闇の天でオレンジ色の光を放ち続けます。

 1908年、シベリウスは喉頭癌を患い手術を受けます。翌年心を癒すためカレリア地方コリ山地に旅をします。生涯で最も素晴らしい経験の一つと彼が評したこの度の直後に、この交響曲は作曲されました。そういった経験の中で生まれた作品であるため、この作品は暗闇の中を希望の光を求めてさまようような雰囲気を持っています。僕は第1楽章の冒頭を聴くたびに、シベリウスがコリ山地で体験したであろう「日の出」の光景を思い浮かべます。


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2012年01月01日

イメージクラシック「日の出」その5

リヒャルト・シュトラウス  交響詩『英雄の生涯』

新しい年を迎えました。毎年なかなか前に一歩踏み出せないでいますが、今年は勇気をもって前に踏み出したいと思います。地平線から昇る太陽に特別な思いを託したい気持です。

 僕はそのような思いから、リヒャルト・シュトラウス交響詩『英雄の生涯』を今年一番に聴く曲と決めていました。『英雄の生涯』の第1部「英雄」は初日の出にふさわしい音楽です。

低弦とホルンによる英雄の主題は新しい時代の到来を告げ
ベートーヴェンの英雄と同じ弦楽器の刻みは揺るがない決意を表す

曲は

第2部「英雄の敵」
第3部「英雄の伴侶」
第4部「英雄の戦場」


と続いていきます。今年自らが歩む姿を重ね合わせながら、僕は何度も繰り返して聴きました。現実は音楽のようには行かないだろうけれども、象徴的にでも今日未来を先取りすべきだと。

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2011年12月28日

イメージクラシック「日の出」その4

ハイドン 弦楽四重奏曲第78番変ロ長調『日の出』より第1楽章

 東京の湾岸沿いを早朝東へ向かって走っていると、丁度目の前から太陽が昇ってきました。まだ初日の出までには何日かありますが冬至を過ぎたばかりで、日の出はさらに遅くなっていきます。ところで、東の海に面し日の出を望むことのできる場所は「日の出」という地名になっているところがたくさんあります。僕が住んでいる浦安市にも、出身地である玉野市にも「日の出」という地名があります。非常に単純明快な地名の付け方ですね。

 ハイドンには、この地名と同じように、曲の印象や作曲や演奏時のエピソードに関係したニックネームがついている作品が多く存在します。特に交響曲104曲と弦楽四重奏曲82曲は、あまりにも数が多いため、本人の意図とは直接的には関係がないニックネームがつけられています。弦楽四重奏曲第78番変ロ長調は『日の出』というニックネームがついています。第1楽章の第1主題が描く


緩やかなヴァイオリンの上昇カーブ

が日の出を連想させるからです。この音型は何度も登場し、しばし日の出の情緒に浸らせてくれますが、上昇カーブの後に溌剌とした音楽が続き、この曲が日の出とは全く関係ない曲だということに気付きます。このようにニックネームの『日の出』というのは、単なる目印程度の意味しか持たない訳ですが、それでもあえてニックネームに感情移入して聴いてみようという気を起させるのですから、ニックネームの存在価値は大きいと言えます。

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2011年01月25日

イメージクラシック「日の出」その3

ドヴォルザーク 弦楽セレナードホ長調より第1楽章

 寒い冬の地平線からゆっくりと昇ってくる太陽。霜柱で盛り上がった大地は目を覚まし、小鳥は歌う。この厳かな瞬間をいつまでも心にとどめておきたいと、僕は何度も心のシャッターを押した。

 ドヴォルザーク弦楽セレナードの第1楽章。ヴィオラが刻む伴奏に乗って、表れる優雅な主題は日の出の光景を連想させてくれます。エネルギーに満ちた大地の呼吸をヴィオラが、ゆっくりと上昇してくる太陽が、優雅な主題と言った感じです。

 この楽章は3部形式からなっていて、規模という面では非常に小さく、第1楽章というより、全曲の序奏といった方がいいのかもしれません。この曲とともに抒情的な弦楽セレナードの名曲として演奏されるチャイコフスキーのセレナードの第1楽章が大規模なのと対照的です。特に面白いのが、中間部のゆっくりした舞曲のような音楽から、終結部で再び冒頭の主題が戻ってくる場面のところです。中間部の終わりの方で、音楽は緊張感のある混沌とした場面を迎えます。ここで、チャイコフスキーやブラームスなら、深刻もしくはドラマティックな展開になるところですが、ドヴォルザークは踏みとどまり、冒頭の平和な主題に帰ります。こういった音楽の展開が、この楽章がさわやかで穏やかな朝の印象を与えるのに大きな役割を果たしていることは言うまでもありません。

posted by やっちゃばの士 at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日の出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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