2010年04月10日

イメージクラシック「春」A

シベリウス 『春の歌』

 フィンランドのシベリウスは管弦楽の大家で、数多くのオーケストラ作品を作曲しましたが、その中にはあまり知られていない作品もあります。おそらく、シベリウスにとってオーケストラ作品はデッサンのように実験的に作品を試みるジャンルだったのではないでしょうか。

 『春の歌』はまさしくそのような作品で、油絵のデッサンのような響きを持っています。メリハリのついた管弦楽法は影をひそめ、油絵具を重ねたような厚ぼったい響きが目立ちます。シベリウスとしてはちょっとさえないかなとは思いますが、響きは暖かく、菜の花の黄色をカンバスに重ね塗りしたようなひたむきさがあります。音楽から聞こえる情景に勝手に詩をつけると以下のような感じになると思います。

北国の海辺。
明るい日差しだが、海から来る強風は冷たく
丘一面の菜の花畑は揺れている。
菜の花の香りが風に乗って流れる。
春は確実に近付いている。
冬は次第に遠ざかっていく。
遠くで鐘の音が聞こえる。
祝福の予感。
さあ私にもやっと春が訪れようとしているのだろうか。



CIMG0622.JPG



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2010年03月11日

イメージクラシック「春」@

シューマン 交響曲第1番変ロ長調『春』

一昨日の東京地方は、冷たい雪が降って一時薄ら積りましたが、翌日からは暖かい春の日が差してぽかぽかした陽気です。

 タイトルロールに『春』が入るクラシック名曲はたくさんありますが、「寒い大地への春の訪れ」「春の到来」といった春の始まりに一番似つかわしい曲と言えば、シューマンの『春』が一番でしょう。

 この曲はシューマンが31歳の時、俗に言う「交響曲の年」である1841年に作曲されました。ちなみに、シューマンはクララとの結婚直後からものすごい勢いである特定のジャンルの傑作を集中的に世に送り出しました。

1840年 「歌の年」『詩人の恋』『女の愛と生涯』
1841年 「交響曲の年」交響曲変ロ長調、交響曲ニ短調
1842年 「室内楽の年」ピアノ五重奏曲、ピアノ四重奏曲


『春』交響曲は1941年の1月〜2月にかけてあっという間に書き上げられたといいます。新しい年を迎えて、創作的にも、季節的にも「春の訪れがもつような巨大なエネルギー」に満ち溢れていたのでしょう。この曲を聴くと、泉からこんこんとわき出でてくるような生命力を感じます。

 シューマンはこの作品を出版した際、次のような表題を与えていました。

第1楽章 春の訪れ
第2楽章 夕べ
第3楽章 楽しい遊び
第4楽章 たけなわの春

彼は後になって、この標題を削除してしまいましたが、曲の与える印象はまさにこの標題の通りです。特に第1楽章の


冒頭の春の訪れを告げるファンファーレ
雪が溶けて流れていくような序奏
生命が躍動する第1主題



は『春』以外の表題を思いつくことができないほど「春」を感じさせてくれます。

 ところで、シューマンのオーケストラ技法は、同時代のメンデルスゾーンのような透明感があるものではなく、またベルリオーズのように多彩な色彩感を持つものでもありません。このようなシューマンのオーケストラ技法で持って見事に「春」を表現できるというのは何が原因なのでしょうか。

作曲には「想像力」と「技術力」の両方が必要です。この2つの力は作曲の両輪であり、大作曲家と言われる人たちの作品には必ずこの2つの力がバランスよく働いています。ところが、シューマンの作品を聴いていると、「想像力」の方が「技術力」よりも圧倒的に大きくアンバランスな感じを抱きます。「技術力」がないのではなく、「想像力」が大きすぎて、「技術力」が追いついていないといったほうが適切かもしれません。ただこのアンバランスさは、シューマンの音楽の持つ大きな魅力となっています。

posted by やっちゃばの士 at 23:25| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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