2011年02月25日

イメージクラシック「雨」その7

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番ハ短調


 激しく降り続ける春の雨に向かって走り続けた。冷たい雨でつらいと思っていたが、いつの間にか心地よく感じるようになった。

 ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番は、ベートーヴェン唯一の短調で書かれたピアノ協奏曲です。その音楽の陰影を帯びた響きと力強い進行は、冷たい大地に眠る新しい命の種に降り注ぐ春の雨のようです。

この作品が作曲されたのは、ベートーヴェンが30歳を過ぎたころで、ちょうど難聴に悩み、ハイリゲンシュタットの遺書を書く直前の時期に当たります。30歳前にピアノ協奏曲第1番交響曲第1番などの大作を発表し、ウィーンで新進気鋭の作曲家としてスタートすることに成功したベート―ヴェンの前に、難聴という大きな壁が立ちはだかったのでした。悩みの中で、彼が作ったのはそれまでの作品にはない力強さを持った作品群でした。交響曲第2番ピアノソナタ『テンペスト』そしてこのピアノ協奏曲第3番等がその時期の代表的作品で、特に交響曲第2番やピアノ協奏曲第3番は、「強靭な意志」に満ちたベート-ヴェンらしさが満点です。

ハイリゲンシュタッドの遺書はベートーヴェンの人生の大きな転換点となり、ベートーヴェンの作風はその後「傑作の森」とも呼ばれる「中期の作風」に入っていきます。ピアノ協奏曲第3番や交響曲第2番が書かれた時期は、まさに「初期の作風」の最後に当たる時期であり、中期への過渡期とでも言えるような密度の濃い音楽となっています。2曲とも、曲の構成はハイドン、モーツァルトらの古典的形式を踏襲していますが、曲の表現力や響きは全く新しいものです。「新しい葡萄酒は新しい革袋に入れるべきである」という聖書の格言のように、ベートーヴェンの新しい音楽は、古い従来の形式に収めることができなくなり、やがて「中期の作風」へと入っていくのは時間の問題でした。

第1楽章 弦楽器の低いつぶやくような第1主題で始まります。この始まりの部分はモーツァルトのピアノ協奏曲第24番ハ短調を思わせるものがありますが、その後の展開の仕方が全く異なります。モーツァルトは第1主題のトゥッティーで、ひたすら悲劇的に音階が下降していきます。ベートーヴェンでは、対照的にトゥッティーで長調に転じ、力強く上昇していきます。この楽章では、曇り空に光が差し込むように、短調から長調に転調する部分がとても鮮やかで、モーツァルトの協奏曲のように「かなしみ」を感じることがありません。「かなしみ」よりも「感傷」と言ったらいいでしょうか。曲は最後の方で、降り続いた雨が止むように、オーケストラが休止し、カデンツァに入ります。カデンツァのあと、ティンパニの弱音に乗ってピアノが登場するのですが、この部分は「それまで覆っていた深い霧が、さあっと晴れていくような」印象深さがあります。

第2楽章 ベートーヴェンの数ある美しい緩徐楽章の中でも、飛びぬけて抒情的でロマンティックな音楽。霧が晴れて美しい睡蓮の花が姿を現すといったようなイメージでしょうか。

第3楽章 再び短調。また雨が降り出したようですが、空が明るく、もうじき止むだろうなといった予感を感じさせてくれるとても気持のよいテンポの速い音楽です。案の定、最後に長調になって、華麗に曲は締めくくられます。







 
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2010年07月14日

イメージクラシック「雨」E

ドビュッシー 版画より第3曲『雨の庭』

 今までイメージクラシック「」で取り上げた曲は、具体的に雨をテーマにした音楽ではなく、主観的に雨をイメージさせる可能性のある音楽でした。今回のドビュッシーの『雨の庭』は、庭に降る雨の情景から感じた印象を音にした曲です。従って、視覚的な要素の強い音楽となっています。

 ドビュッシーは印象主義音楽を確立した作曲家として有名です。印象主義音楽とはなんでしょうか。


印象主義音楽とは、気分や雰囲気の表現に重点を置き、感情を排した音楽


です。従来の音楽との違いを「雨」を例にとって考えてみます。ショパンの「雨だれ」を聴くと、作曲者の暗い影のある心情がひしひしと伝わってきます。ピアノの雨音は作曲者の感情を引き立たせる役割を果たしていて、感情を主とするならば、雨音は従の関係にあります。一方、ドビュッシーの「雨の庭」には、うれしい、悲しいといった感情がありません。雨の動きと、雨が上がって晴れ間が見えてくるときの雰囲気が感覚的に表現されています。

 それではドビュッシーの音楽に感情が全くないのかと言うとそうでもありません。そもそも感情と気分、心と体、音楽と視覚などは明確に区別することはできないものです。もしも、このことが可能ならば芸術自体が非常に幅の狭いものになってしまうでしょう。ドビュッシーはこのピアノ曲集に『版画』と名付けました。この言葉は印象主義音楽という言葉以上に、ドビュッシーの目指した音楽をわかりやすく伝えてくれます。

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歌川広重 東海道五十三次 庄野



ラベル:ドビュッシー
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2010年06月29日

イメージクラシック「雨」D

ブラームス チェロソナタ第1番ホ短調

 灰色の空から降り続く雨。じとじとと汗ばんだ肌には、少しばかりひんやりした雨もあまり効き目がない。清涼な希望の光を求めて薄暗い部屋の中を模索するが、光の入り口は見えそうで見えない。

 ブラームスのチェロソナタ第1番第1楽章。低く沈んだチェロのつぶやきを聴くと、梅雨の空と湿っぽい部屋をイメージしてしまいます。とてもふさいだ気分にさせてくれる曲の出だしですが、チェロの第1主題の後をカノンで追いかけるピアノが渋さ一辺倒の曲に甘美さを添えます。



チェロはじめじめした空気
ピアノははじけこぼれる雨水


のようです。陰鬱ですが、透き通った甘美な抒情があふれるこの不思議な音楽はおそらく青年期のブラームスでなければ表現できない極上の音楽です。一人感傷にふける青年の姿と心の物語を僕はこの曲に見ます。

 第2楽章は古風なメヌエット。バロック音楽なのかロマン派音楽なのか区別のつかない不思議な音楽。部屋の中でうたた寝する青年のかなわない夢。自信のないブラームスが不器用なダンスを踊っているかのような印象を与えます。

 第3楽章はフーガ風の情熱的な激しい音楽。第1楽章、第2楽章と停滞気味だった音楽が、この楽章になって初めて走り出します。再び激しく降り始めた雨の中を、じめじめした暗い部屋から出て走り抜けていくような音楽です。

 全楽章とも短調で、全体的に気分がふさぐような暗いイメージですが、時折り長調に転調する場面があります。その部分は、曇り空に一瞬光が差し込むようでとても印象深いものがあります。

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2010年05月20日

イメージクラシック「雨」C

フォーレ チェロソナタ第2番ト短調より第2楽章


 今日は久々の雨でした。5月も半ばを過ぎてもうそろそろ梅雨の足音が遠くから聞こえそうな感じです。5月の雨は春の雨とはちょっと違った趣を持っています。松尾芭蕉の


五月雨や集めてはやし最上川


を思い浮かべます。


 さて、激しく降る5月の雨にぴったりの曲があります。フォーレのチェロソナタ第2番の第2楽章です。フォーレのチェロの名曲には『エレジー』がありますが、チェロソナタ第2番の2楽章はこの『エレジー』とよく似た雰囲気を持っています。どちらも暗く雨が降り続くような雰囲気を持っていますが、


『エレジー』がしとしとと降り続く雨

ならば

チェロソナタは激しいどしゃ降りの雨


です。ピアノの激しいどしゃ降りのような叩きつけるような打音に乗って、チェロが慟哭する様はフォーレの室内楽の中では随一ではないでしょうか。

ラベル:フォーレ
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2010年05月12日

イメージクラシック「雨」B

ヴィラ=ロボス ブラジル風バッハ第3番

 オーケストラを伴ったピアノ曲で短調のものは、雨を連想させやすいです。オーケストラは曇った空を、ピアノは雨をと。そんなことを言ったら、短調の曲はすべて雨なのと批判されそうですが、そのような短調の曲の中でもとりわけ雨を連想させる曲があります。

 ブラジルを代表する作曲家ヴィラ=ロボスのブラジル風バッハ第3番もそんな曲のひとつです。全部で9曲あるブラジル風バッハの中で唯一ピアノとオーケストラの組み合わせがこの第3番です。曲は非常にロマンティックな抒情をたたえており、ラフマニノフのピアノコンチェルトに匹敵する魅力がこの曲にはあります。

 ブラジル風バッハという曲名は、ヴィラ=ロボスがブラジルの民俗音楽を素材にバッハが書いたような組曲を創作しようとしたところから付きました。ブラジルの民族音楽がベースにあるためか、



ジャングルに激しく降り続く雨の中で吠える



ような気分にさせてくれます。一般的にブラジル風バッハの中で有名曲と言えば、列車の音が描写されている2番や、ソプラノ独唱が入る5番が真っ先に上がりますが、ロマンティックな抒情という点ではこの第3番に勝るものはないでしょう。



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