2010年02月20日

イメージクラシック「夜明け」E

ラヴェル 左手のためのピアノ協奏曲

「夜明け」を具体的に描写した音楽を今まで紹介してきましたが、今回は、作曲家が「夜明け」を描いたわけではないが、その音楽を聴くと「夜明け」のイメージが浮かび上がる曲について。

 この曲の第1部は、低く呻くような金管楽器と木管楽器、弦楽器の印象的な響きで始まります。ちょっと、チャイコフスキーの『悲愴交響曲』の冒頭の雰囲気に似ています。ただ、『悲愴交響曲』のように絶望的な暗さはなく、どことなく明るく、地面の奥深くに満ちたエネルギーが地殻にメリメリとひびをいれていくような期待感を抱かせます。やがてエネルギーは最高潮に達し、ピアノが華麗に登場します。



まるで夜がだんだん明けていき、朝日が昇るような印象


です。この後、音楽は朝のさわやかな温かさに包まれて、気分は高まっていきます。


第2部のアクロバットのようなジャズ風の音楽
第3部の日没のような余韻が美しい音楽



と充実した展開で曲は終わります。


「高貴な抒情」「ユーモア」

というラヴェルの持つ音楽の特徴が見事に発揮されたラヴェルの最高傑作だと僕は思います。

関連記事です。
http://yachaba.seesaa.net/article/116104404.html

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2010年02月19日

イメージクラシック「夜明け」D

チャイコフスキー オペラ『エフゲニー・オネーギン』より第1幕第2場

 ここのところ寒い日が続いていますが、一日のうちでもっとも気温が下がるのが「夜明け」の時間です。冬の夜明けともなると、氷が張り詰めたような寒さを想像しますね。この寒さは北国へ行けばいくほど厳しくなります。

 クラシックで北国と言えば、北欧をイメージすると思いますが、大陸ロシアも立派な北国です。むしろ、ロシアの内陸の冬の寒さのほうが厳しいでしょう。そんなロシアの冬の厳しい寒さを感じさせてくれるのが、チャイコフスキーの傑作オペラ『エフゲニー・オネーギン』の第1幕第2場の夜更けから夜明けにかけてのシーンです。

 『エフゲニー・オネーギン』は、非常に内面的で抒情的なオペラで、その音楽が持つ表現力と深さは他のオペラ作曲家の作品とは一線を画します。ストーリーも文豪プーシキンの原作なので、文学的で芝居かかったけばけばしさがありません。僕はオペラのストーリーが気になる方なので、気に入らないストーリーのオペラはほとんど聴きませんが、このオペラは大好きです。
 
 オペラの内容を簡単に説明すると、青年エフゲニー・オネーギンと若い女性タチヤーナの心の葛藤が描かれた作品で、互いの相手への思いのずれから、彼らは一緒になることができず、最後に後悔するというストーリーです。そこにはオペラによく登場する『破滅』、『自殺』、『不倫』などといったキーワードは登場しません。

 さて、ここで紹介する第1幕第2場は、タチヤーナが自宅で夜が更けてから、オネーギン宛てに自らの思いを打ち明ける手紙を書く場面で、タチヤーナは夜通し思いを巡らせながら手紙を書き続け、そのまま朝を迎えます。この場面でタチヤーナが歌うモノローグは

切実で純真な思いがしんしんとしみるように伝わってくる美しい音楽


です。やがて、金管楽器の鈍重な響きと弦楽器の低いつぶやくような弱音が


遠くから響いてくる大地のうなり声のように


夜明け前のエネルギーに満ちた瞬間を描き、音楽はクレッシェンドしていき、日の出を迎えます。朝のすがすがしい光をあびて、タチヤーナは決心します。

 この部分は何度聴いても感動的で、僕はこのオペラの中で一番好きな場面です。チャイコフスキーの優れた音楽は心理的な風景と外的な風景を掛け合わせて、ロシアの冬の夜明けの情景を見事に描いています。



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2010年02月14日

イメージクラシック「夜明け」C

シベリウス 交響詩『夜の騎行と日の出』

 フィンランドの大作曲家シベリウスは、ドビュッシーやラヴェルまたストラビンスキーとも違ったオーケストレーションの名人でした。ワーグナー直伝の大管弦楽と半音階技法を基本としながらも、


音楽の持つ内面性
氷の張りつめたような抒情

など他の作曲家では味わうことのできない個性がぎっしり詰まっています。彼は多くの交響曲と交響詩を残しました。音楽史上、この2つのジャンルの両方に多くのすぐれた作品を残した作曲家はシベリウスただ一人です。

この『夜の騎行と日の出』は具体的な風景を描いた作品ではありません。自然という手段を使って、内面の世界を描いた作品です。言葉を換えれば、

暗闇を彷徨う苦悩と夜明けになって苦悩の暗闇が終了する

という内面の世界を「夜」と「朝」という象徴的なキーワードを音楽で表現することによって描いています。

夜   ギャロップ風の旋律が執拗に繰り返される
夜明け 弦楽器による讃美歌風の旋律
日の出 温かいホルンの響きと木管楽器による小鳥のさえずり


管弦楽はシベリウスにしては質素で、彼が内面的な世界を訴えたかったということが分かります。迎える「朝」は決して生命力に満ち溢れたものではありません。「朝」を意味するものは「浄化」であり、


病が癒えたような印象


を与えます。そういう意味では、リヒャルト・シュトラウスの交響詩『死と変容』の世界に近いものがあります。ただ、シベリウスの場合は、死ではなく快方と希望に向かっており、僕はこのような特異な音楽を描いた作曲家自身の強い決意と意思を感じます。「夜明け」を「快方」という意味で比喩的に用いた最高傑作なのではないでしょうか。 

参考に
リヒャルト・シュトラウス交響詩『死と変容』
シベリウスの作品


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2010年02月12日

イメージクラシック「夜明け」B

ラヴェル バレエ『ダフニスとクロエ』より夜明け

 ドビュッシーと並ぶフランスの作曲家ラヴェルも、風景の印象を音で表現することが非常に上手です。ラヴェルの音楽づくりはドビュッシー以上に緻密で、パトスよりもロゴスを感じさせます。

 この『ダフニスとクロエ』も、恋愛風景を描いたバレエですが、プロコフィエフのバレエ『ロミオとジュリエット』のような抒情的な音楽ではなく、ストラヴィンスキーのバレエ『火の鳥』のような叙事詩的な音楽に仕上がっています。曲の雰囲気は

火の鳥』にそっくりです。

暗闇の中にきらめく音楽
感情が姿を見せない音楽
音のタペストリー


実はこの両曲ともロシアのプロデューサーであったディアギレフの依頼によって作曲されたという共通点があります。

『火の鳥』が1910年
『ダフニスとクロエ』が1912年


ほぼ同時期の作曲で、作風が似ているのも偶然ではないと僕は思います。ただ『ダフニスとクロエ』のほうが、舞台がギリシア神話であり、作曲者がフランス人なので、『火の鳥』よりは明るい光が差し込むように感じます。

 さて「夜明け」の部分についてですが、この部分はこのバレエの中でもっとも有名で印象的な部分となっています。ダフニスとクロエは海底の海賊の暗闇から解放されていく場面で、次第に闇の情景が明けて行きます。


混沌とした闇の中に小鳥のさえずりが聞こえてくる


小鳥の声は「夜明け」の場面には効果的で、他の作曲家も「夜明け」の音楽で用いています。日常生活の中で夜明けと聞いて小鳥の鳴き声をイメージする人は多いのではないでしょうか。

 なお、ラヴェルはこの曲以外にも「夜明け」の音楽を描いています。これに関しては次回の記事で取り上げます。




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2010年02月09日

イメージクラシック「夜明け」A

ドビュッシー 交響詩『海』

 海を描かせたら、とてもうまいと僕が思うのが、ドビュッシーとシベリウスです。また、この2人は「夜明け」を表現するのも得意です。シベリウスは多くの交響詩を残しましたが、ドビュッシーの交響詩はこの曲1曲だけとなっています。

ドビュッシーの『海』は3楽章からなります。

1.「海の夜明けから真昼まで」
2.「波の戯れ」
3.「風と海の対話」


第1部の海の夜明けでは、夜明け前のひっそりとした海の情景が、神秘的な音色で描かれます。

ひっそりと誰もいない砂浜
少し白んだ沖には小豆島が黒くそびえ
漁船が橙や緑の光を揺らす
波音は小さく
僕の心の内にはドビュッシーの音楽が響く



瀬戸内のある半島に育った僕は海の夜明けが大好きで、よく海岸に足を運んだものです。冬から春のかけての海の夜明けは、厳しい寒さの中にも生命の息吹の匂いがどこからとなく飛んでくる独特の雰囲気をもっています。






posted by やっちゃばの士 at 23:19| Comment(0) | 夜明け | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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