2012年11月28日

イメージクラシック「晩秋」その3

マーラー 交響曲『大地の歌』より第2楽章「秋の寂しさ」

秋の霧が青らみ湖面を渡り、
霜がすべての草草を白く包み
あたかも匠(たくみ)の手が玉光のこまやかな粉を
美しく咲き誇る花の上に
まき散らしたかのようだ。

<中略>

私は一人孤独のうちに涙ぐみ、
心の奥にひそむこの秋は
果てしなく広がりわたる太陽よ!

 マーラー交響曲『大地の歌』の第2楽章「秋の寂しさ」は、冬が間近に迫った晩秋の夕べに、ほっと一息つきながら聴きたくなる音楽です。寂しさに満ちているけれども、どこかほっとさせてくれる音楽です。弦楽器の弱音は晩秋に吹く冷たい風を、寂しいオーボエは秋の野辺に佇む孤独な心を表しているように思います。

 この晩秋の寂しさは、最終楽章「告別」になると、より深刻に、まるで「死」を予感させるような重い響きになって再び登場します。ペシミズムに満ちたこの曲も、第9交響曲と同様、晩秋の季節にしか僕は聴きません。





ラベル:マーラー
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イメージクラシック「晩秋」その2

マーラー 交響曲第9番ニ長調より第1楽章

甘みも苦味もすべて味わい尽くし
今はただ静寂だけが横たわる

 マーラー最後の完成された交響曲である交響曲第9番の第1楽章が持つ渋柿と甘柿合わせたような味を持つ樂想は、晩秋の枯れた情緒を醸し出しています。この枯れた情緒は、それまでのマーラーの交響曲にはなかったもので、僕はマーラーの交響曲の中で、この第9番だけは特別な位置にあるように思います。マーラーの作品では、悲劇的な重々しい音楽がしばしば登場しますが、それらはどれもが甘い耽美的な響きを持っていました。ただ、この第9番の第1楽章の悲劇には耽美的な響きがなく、とても残酷でシリアスな響きがあるように感じます。

 聴いていると苦しくなってくるこの曲を僕が聴こうと思うのが、晩秋の季節です。曲は展開部で、残酷な葛藤の頂点を迎えますが、やがて力尽きたかのように、静寂な響きに包まれていき、曲を終えます。この最後の静寂な部分が僕は好きで、その枯れた孤独な響きは、晩秋の静けさに共鳴しているように感じます。



ラベル:マーラー
posted by やっちゃばの士 at 20:06| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 晩秋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月14日

イメージクラシック「晩秋」その1

モーツァルト 弦楽四重奏曲第17番『狩』より第3楽章

寂しさはその色としもなかりけり真木立つ山の秋の夕暮れ(寂蓮)

 青空が広がり、ちょっと汗ばむような暖かさがあった日中でしたが、夕べになるとどこからか冷たい風が吹いてきて、紅葉した葉っぱを揺らすさびしい音が聞こえてきます。

 モーツァルト弦楽四重奏曲第17番『狩』の第3楽章アダージョは、秋の夕暮れの寂しさの情緒を感じさせてくれる作品です。第1楽章の狩の角笛をイメージさせる明朗な音楽が有名な同曲ですが、その他の楽章も非常に印象的な優れた音楽で、特にこの3楽章はちょっと寂しさの入り混じった深い情緒が印象的です。明るい1楽章との対比が、一層寂しさを強調する効果を出していて、まるで晩秋の快晴の日の明るい日中と寂しい夕暮れのコントラストのようです。

 この四重奏曲は、速筆のモーツァルトが足掛け3年の長い年月をかけて作曲した「ハイドン四重奏曲」(全6曲)の第4曲にあたり、恐ろしいほど完成度の高いこの曲集の中にあって、一番肩の力を抜いて聴くことができる曲です。この曲を作曲していたころのモーツァルトは、ウィーンでの成功や親との和解など幸せな状況にあり、その心の充実と余裕がこの曲に反映されているようです。

DSCF2020.JPG


ラベル:モーツァルト
posted by やっちゃばの士 at 20:05| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 晩秋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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