2012年03月18日

キーワードクラシック「嘆き」その2

ブラームス バラード第1番二短調「エドワード」

取り返しのつかない過ち
冷たい雨が降り続ける夜
犯した罪の大きさにただ嘆くばかり

 若きブラームスのピアノ作品『4つのバラード』は暗い情熱と透明な抒情に満ちた傑作で、特に第1番二短調「エドワード」は、罪を犯した後の後悔や孤独感、悲嘆がブラームス独特の骨太いピアニズムによって抒情的に表現される印象深い作品です。

 標題の「エドワード」とはドイツの詩人ヘルダーの編纂した詩集「諸国民の声」の中のスコットランドの詩「エドワード」のことで、この詩は、父親を殺した息子を母親が問い詰めるといった内容です。標題が付いているのはこの第1番だけで、ブラームスは自らの心情をあえてこのような物語に例えて表現したかったのだろうと思います。右手と左手が親子が会話していくように曲は進んでいきます。

 この曲が作曲されたのは1854年ですが、この年の2月27日に恩師シューマンがライン河に投身自殺を図るという悲劇が起こります。シューマン家と深いかかわりを持つ中で、シューマンの妻クララに惹かれていく自分が、シューマンを自殺に追い込んだのではないかという気持ちがあったのかもしれません。



タグ:ブラームス
posted by やっちゃばの士 at 11:14| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 嘆き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月28日

キーワードクラシック「嘆き」その1

ヤナーチェク ピアノソナタ『1905年10月5日』

 悲しみと怒りでいっぱいの心。誰にこの感情をぶつけたらよいのだろうか。僕は今までの人生の中で、このような非業な体験を経験したことがないので、そのような気持ちを想像するしかありません。過去の歴史では多くの人たちが非業の死を体験してきました。そういった経験は、かなしい歌によって後代に歌い続けられていくのでした。しかし、悲しみから怒りを取り去り、歌にするのは大変なことと思います。事件から長い歳月を経なければ。

 チェコの東部モラヴィア出身の作曲家ヤナーチェクは、ある労働者が政府の弾圧により亡くなったことに憤慨して、哀悼のためにピアノソナタ『1905年10月5日』を作曲しましたが、初演後その楽譜を川に投げ捨ててしまいました。おそらく怒りのあまり、彼はそうせざるをなかったのでしょう。

 実際にこの曲の第1楽章を聴くと、悲劇的な主旋律に、不安に満ちた不気味な副旋律がまとわりつくように執拗に絡んできます。怒りを納めることのできない作曲者の心の状態がひしひしと伝わってきます。作曲するということは、音を秩序立てて組み合わせることで理性を伴う行動です。ヤナーチェクはきっと理性の中に曲を収めることが出来なかったのでしょう。幸い初演者が筆写譜を持っていたために、この作品は後世に伝えることができたのでした。


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