2012年06月06日

イメージクラシック「花」その4

マーラー 交響曲第3番ニ短調より第2楽章「野の花が私に語ること」

 ポピーが美しい季節になりました。先日、妻と子供たちは葛西臨海公園に行って、たくさんのポピーを摘んで帰りました。僕は仕事で一緒に行くことができませんでしたが、一面に咲いたポピーの花が初夏のさわやかな風に吹かれて揺れている光景が目に見えるようです。

 風に無邪気に揺れる花々の光景は、マーラー第3交響曲の第2楽章について述べた次の言葉を思い出させます。

「それがどんなふうに響くか、きみには見当もつかないだろう!それは、僕が今までに書いたなかで一番無邪気な曲だ。花々だけがそうであるような無邪気さだ。すべては天空をかろやかに敏活に漂い、揺れ動く。そのさまは、花が風の中で、茎をしならせているかようだ。」(『グスタフ・マーラーの思い出』より)

 マーラーの交響曲第3番は、マーラーの交響曲の中で最も幸福感に満ちた作品で、また最も長大な規模を持った作品でもあります。マーラーは自然を愛し、夏になると自然に囲まれた山小屋で作曲没頭するのでした。マーラーはこの作品で、聖書の創世記のように、自然と人間からなる自らの世界観を音楽にしたのでした。第2楽章は「野の花が私に語るもの」という標題が付いており、メヌエット風の無邪気さを持った音楽です。

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クロード・モネ「シヴェルニー付近のひなげしの野」










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2011年10月20日

イメージクラシック「花」その3

ブラームス 交響曲第1番ハ短調より第2楽章

長い年月を待ちに待ってようやく咲かせた大輪の花

 僕はブラームス交響曲第1番の第2楽章の終わりの独奏ヴァイオリンとホルンの美しい掛け合いを聴くと、いつもそのように思います。ブラームスが音楽人生をかけて目指していたものが花開いた瞬間です。

 よく知られているように、ブラームスの交響曲第1番は構想から21年の時を経て完成されました。ベートーヴェン第9交響曲を超えるものをと、何度も何度も作曲を手掛けては断念してきたのでした。途中で断念した曲は、ピアノ協奏曲第1番ピアノ五重奏曲ドイツレクイエムなどに姿を変えて世に送り出されました。驚くことに、これらの作品はすべてブラームスの代表作であるばかりではなく、クラシック音楽史に残る傑作であることです。最高のものを求める過程で、多くのすぐれた副産物を彼は残してくれたのでした。

 さて、そのような過程を経て作曲された交響曲第1番は、重厚で非の打ちどころのない作品として仕上がりました。有名な第1楽章の序奏がいい例で、この序奏はブラームスの21年分のエキスが詰まった濃厚な音楽です。まるで何種類もの調味料を隠し味として入れたスープのような飽きの来ない音楽で、何度聴いても面白い発見があります。ただ、唯一の欠点は、完璧さを求めるあまり非常に肩の張る音楽になってしまっていることです。特に第1楽章は肩の力が入っているなと感じます。

 そのような第1交響曲にあって、第2楽章は地味な存在です。北ドイツの晩秋を思わせるような甘さと渋さの混じった音楽で、何か吹っ切れないような感じを与えます。僕は、成功や失敗を繰り返しながらここまで来たブラームスの歩みを作曲者自身が回顧しているように思えてなりません。そして、後半部になって、それまで厚く覆っていた霧がさあっと晴れるように、美しいヴァイオリンのソロが花を咲かせます。完璧な第1楽章の完成によって、目標を達成した喜びと肩の荷が下りたという開放感のようなものが、花の美しさを大きくしているように思います。

 日本を代表する女性指揮者西本智実は、この第2楽章のヴァイオリンソロとホルンの掛け合いの部分について、確か「自分が死ぬ前、最後に演奏したい曲」というような言葉を残していたと思います。いつどこで読んだか聞いたか全く覚えていませんが、彼女の感性は僕と同じなんだと非常にうれしく感じまたものです。



タグ:ブラームス
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2011年09月05日

イメージクラシック「花」その2

エルガー ピアノ五重奏曲イ短調より第2楽章

 妻に贈る最後の花束

 夏休みの最後の月夜。妻と過ごした夏の避暑地での楽しい時間が明日で終ろうとしている。月の光は無邪気に眠る妻の顔を白く照らしている。なぜだか涙が出てたまらない。数十年僕と寄り添ってくれた妻に対する感謝の想いと、失ってしまうかもしれないという悲しみ。今この時間、僕のすべての想いを花束にして妻に送りたい。

 エルガーピアノ五重奏曲の第2楽章の音楽は、とても美しく胸を打ってきます。この作品は1918年の夏から翌年にかけて作曲されました。夏の美しい思い出が伝わってくるようなロマンティックな曲ですが、同時に悲痛な思いにも満ちています。

 この作品の初演の翌年に長年連れ添った妻キャロライン・アリス・ロバーツは亡くなります。エルガーは妻の死もしくは老いをねぎらいと悲しみの想いを以って感じながら、この曲を書いたのではないだろうかと僕は考えます。


タグ:エルガー
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2011年07月05日

イメージクラシック「花」その1

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番ハ短調より第2楽章
 
霧の立ちこめるひっそりとした池
美しく咲いた一輪の蓮の花
誰もその存在に気がつかない
彼は誰も気づいてくれなくても
ただ力の限り美しく
その大輪の花を咲かせようとするのだった

 ラフマニノフピアノ協奏曲第2番。今ではピアノ協奏曲を代表する超有名曲ですが、作曲当時ラフマニノフは創作に対して全く自信が持てず、自分の才能を信じることができない状態でした。この曲の作曲から遡ること3年、自信を持って発表した交響曲第1番の初演の大失敗により、彼は自信を喪失しうつ病になってしまったのでした。僕はこの交響曲は傑作だと思っているので、当時の聴衆に受け入れられなかったことが不思議でなりませんが、当のラフマニノフは不思議を通り越して、大ショックだったことでしょう。おそらく自分が白に見えるものが、周りは黒に見えるというぐらい信じられない話だったのではないかと思います。

 そのような中で作曲されたこの曲の第2楽章のアダージョは、しぼみかけた花が、周りの愛と励ましを受けて、再び大輪の花を咲かせるようなストーリー性を感じさせる本当に美しく感動的な曲です。

不安と迷いを表すような弦楽器による霧がかかったような序奏
ゆったり流れる美しい弦の波の上を揺れる癒しの木管楽器
自信を次第に回復し現実世界に臨む第3楽章への懸け橋


ラフマニノフの数ある美しいアダージョの中でも随一の美しさをもった特別の作品だと思います。




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