2011年11月29日

イメージクラシック「故郷」その2

ドヴォルザーク チェロ協奏曲イ短調より第2楽章

 晩秋になると、僕は故郷の岡山に帰郷した時のイメージが浮かび上がります。僕には娘が3人、歳が2つずつ離れています。3歳になる度に七五三のため帰郷していました。3人とも、瀬戸内の島々が眼前に広がる児島半島の山の上にある神社で七五三の儀式を行いました。昨年は末っ子が七五三でした。11月末の山の上は寒く、人影のない鄙びた田舎のさびしさと、社の木の壁から伝わってくるしんしんとした冷気が印象的でした。

 僕は11年都会である浦安に住んでいますが、同じ日本の海沿いの街とはいえ、故郷とはずいぶんと雰囲気が違うので、仕事の忙しさから離れると、今度はいつ故郷に帰ることが出来るかなと思うことがよくあります。空間的に離れていても、故郷のイメージは心に焼き付いていて、絶えず心に働きかけていくものだと思わされます。

 大作曲家にも故郷に対する思いが強く、異国の地で作品にその思いを込めた人たちがたくさんいます。ポロネーズマズルカなどの故郷ポーランドの舞曲をフランスの地で生涯にわたって書き続けたショパンやアメリカの地で故郷ボヘミアの民族音楽を作品に盛り込んだドヴォルザークがその代表と言えます。特にドヴォルザークの故郷思いは有名で、50歳になってからニューヨークナショナル音楽院の院長の職を務めるため渡米しましたが、3年後には強烈なホームシックにかかってしまいました。
 
 アメリカ時代の最後の作品である有名なチェロ協奏曲は、ホームシック状態の中で作曲されました。この曲の完成後わずか2カ月で彼はアメリカの地を去っています。どうやら彼のホームシックは限界状態にあったようです。そんな彼の故郷の地を懐かしむ思いが良く表れているのが第2楽章のアダージョです。晩秋のボヘミアの田園風景がとても抒情的に浮かび上がってくるようです。ちなみにドヴォルザークの作曲期間は11月から2月で、おそらく彼はボヘミアの冬の枯れた草原を思いながら書いたのではないかと僕は考えています。

 夕暮れ時あっという間にあたりが闇に包まれてくると、ほの暗い幻想的なチェロの響きが、頭の中の暮れた風景を駆け巡ります。

 
posted by やっちゃばの士 at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 故郷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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