2011年10月20日

イメージクラシック「花」その3

ブラームス 交響曲第1番ハ短調より第2楽章

長い年月を待ちに待ってようやく咲かせた大輪の花

 僕はブラームス交響曲第1番の第2楽章の終わりの独奏ヴァイオリンとホルンの美しい掛け合いを聴くと、いつもそのように思います。ブラームスが音楽人生をかけて目指していたものが花開いた瞬間です。

 よく知られているように、ブラームスの交響曲第1番は構想から21年の時を経て完成されました。ベートーヴェン第9交響曲を超えるものをと、何度も何度も作曲を手掛けては断念してきたのでした。途中で断念した曲は、ピアノ協奏曲第1番ピアノ五重奏曲ドイツレクイエムなどに姿を変えて世に送り出されました。驚くことに、これらの作品はすべてブラームスの代表作であるばかりではなく、クラシック音楽史に残る傑作であることです。最高のものを求める過程で、多くのすぐれた副産物を彼は残してくれたのでした。

 さて、そのような過程を経て作曲された交響曲第1番は、重厚で非の打ちどころのない作品として仕上がりました。有名な第1楽章の序奏がいい例で、この序奏はブラームスの21年分のエキスが詰まった濃厚な音楽です。まるで何種類もの調味料を隠し味として入れたスープのような飽きの来ない音楽で、何度聴いても面白い発見があります。ただ、唯一の欠点は、完璧さを求めるあまり非常に肩の張る音楽になってしまっていることです。特に第1楽章は肩の力が入っているなと感じます。

 そのような第1交響曲にあって、第2楽章は地味な存在です。北ドイツの晩秋を思わせるような甘さと渋さの混じった音楽で、何か吹っ切れないような感じを与えます。僕は、成功や失敗を繰り返しながらここまで来たブラームスの歩みを作曲者自身が回顧しているように思えてなりません。そして、後半部になって、それまで厚く覆っていた霧がさあっと晴れるように、美しいヴァイオリンのソロが花を咲かせます。完璧な第1楽章の完成によって、目標を達成した喜びと肩の荷が下りたという開放感のようなものが、花の美しさを大きくしているように思います。

 日本を代表する女性指揮者西本智実は、この第2楽章のヴァイオリンソロとホルンの掛け合いの部分について、確か「自分が死ぬ前、最後に演奏したい曲」というような言葉を残していたと思います。いつどこで読んだか聞いたか全く覚えていませんが、彼女の感性は僕と同じなんだと非常にうれしく感じまたものです。



ラベル:ブラームス
posted by やっちゃばの士 at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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