2011年03月03日

キーワードクラシック「アンティークな音楽」その1

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第3番ハ長調

草の戸も住み替わる代ぞひなの家松尾芭蕉

 今日は3月3日、雛祭りの日です。我が家には3人の女の子がいますが、祖母が各々に作って与えてくれた木目込み雛人形が飾ってあります。リビングが何だか賑やかな雰囲気になっているのを感じました。

 さて、雛祭りというと、僕は上記の芭蕉の句とプロコフィエフピアノ協奏曲第3番を想像します。まず、芭蕉の句について。この句は松尾芭蕉が奥の細道の旅に出発する直前に詠んだもので、長年空けることの多かった自分の家を、子供のいる家族に売り払った時の想いが綴られています。「3月になると雛人形でも飾って賑やかになるだろう」この句の最後にある「ひな」には、「」という意味と共に、芭蕉がずっと空けていて「鄙びてしまった」家という意味があるように思います。つまり、「ひな」には未来と過去の両方を喚起させる特別な思いが込められているのです。

 一方プロコフィエフの曲について。第1楽章冒頭序奏のクラリネットの旋律は、どこか鄙びていて、東洋的な響きを持っています。僕はここの部分を聴くと、鄙びた庵と鄙びた雛人形と春の青い空と暖かい午後の景色が浮かんでくるのです。やがて、ピアノがスピードを上げてモダンな感じのする第1主題へと続くのですが、ノリのいいモダンな響きとどこかほっとさせてくれる鄙びた親しみやすい響きが混在するのがこの曲の大きな魅力です。プロコフィエフが、この曲を作曲したのはソ連を亡命してアメリカに落ち着いてからで、彼はアメリカへ渡る前2か月ほど日本に滞在したのでした。この曲に時たま表れる東洋的な響きは日本滞在と関係があるのではないでしょうか。

 両者の作品の背景などを考えていくと、そこには共通のテーマがあるように思います。

旅立ち
過去と未来
古いものと新しいもの
大人と子供


このように思うのは僕だけでしょうか。







posted by やっちゃばの士 at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | アンティーク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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