2010年07月09日

イメージクラシック「夜」@

マーラー 交響曲第7番ホ短調『夜の歌』

 梅雨はまだ開けず。寝苦しい夜が続きます。夜寝ていると窓から涼しい風が吹いてこないかなと期待してしまいます。「今夜も暑いだろうな」と思いながら、窓を開けた時、予想に反して涼しい風がすうっと入ってきたときほど気持ちがいいものです。


昼の陽に対して夜は陰
昼の戦いに対して夜は癒し



「闇夜」という言葉が象徴するように、「夜」には暗く、重く、ダーティなイメージもありますが、「月夜」のように薄っすらとした光が加わると、たちまち「癒し」と「風流」の世界に変わります。

 昼の傷ついた心と体、夜に癒しを求める人は多いでしょう。ただ、夜の世界では決して根本的な治癒は叶いません。なぜなら、根本的な治癒は昼の世界でこそ成し遂げられるものだからです。したがって、夜に癒しを求めれば求めるほど、癒されきれない焦りと不安感、物足りなさを次第に感じて来るようになっています。

 マーラーも夜に癒しを求めた一人でした。交響曲第7番『夜の歌』はまさにそのような曲です。この作品で、特に目立つのが長大な第1楽章です。

痛みと癒し
不安と安堵
暗闇と光
諦めと憧れ


が複雑に交差した一見支離滅裂に聞こえる音楽です。ただ、この音楽は何度か聴いていくうちに、理論では分からないが共感できてくるようになるのだから不思議です。おそらく、僕個人の内面の世界と同じものをそこに感じるからだと思います。

曲は巨大な夜の導入部のあと短い3曲の夜曲が続きます。

第2楽章 夜曲 生きとし生けるものの夜の行進曲
第3楽章 夜曲 影絵のようなスケルツォ
第4楽章 夜曲 慰めのセレナード

最後に祭りのようなフィナーレを迎えます。夏の夜の風物詩といえば花火大会ですが、このフィナーレの音楽は

花火大会そのものです


 花火大会の後の虚しさは拭いきれないものです。「夜」も「祭り」も最後は虚しさを感じるということから、両者は上っ面こそ異なるものの、ひと時の癒しと楽しみを与える同様のものであるといえるでしょう。

夏祭は夜祭



ラベル:マーラー 祭り
posted by やっちゃばの士 at 12:11| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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