2010年06月18日

イメージクラシック「夢」B

ベルリオーズ 幻想交響曲より第1楽章「夢と情熱」

 「夢」という言葉は「将来の夢」のように、いい意味で使われることが多いですが、「夢」自体には良い、悪いといった方向性はありません。「夢」の意味するところを考えてみると、

@「眠っている時に見る夢」
A「白昼夢」
B「希望や願望としての夢」


の3つがあります。Bは善悪の方向性がありそうに見えますが、願望そのものが善悪の方向性をもたないために、この場合の夢も善悪の方向性を持ちません。従って、心地よいものとして容易に「夢」に近付くと裏切られることになります。

 ベルリオーズの『幻想交響曲』がまさにそんな作品です。@、A、Bの意味での「夢」に「奇妙さ」が加わると「幻想」という概念の言葉が生まれます。したがって、『幻想交響曲』には「願望としての夢」と「叶わない願望の果ての悪夢」の両方が奇妙な物語性を持って描かれています。

 そんな『幻想交響曲』の中で最も「夢見がち」な音楽が展開されるのが第1楽章です。第1楽章には「夢と情熱」というタイトルがついています。主人公が夢の中で、恋人の姿を見つけ激しく恋い焦がれる情景で、期待と不安、安堵と焦燥が入り混じった音楽が色彩豊かなオーケストラによって表現されます。また、序奏つきのソナタ形式をとり、複雑な心情の世界がわかりやすく表現されているのが特徴的です。

 僕が幻想交響曲を初めて聴いたのは中学生の時でした。その魅力的なタイトルに胸を膨らませながら、楽器店で買ったレコードを家に持ち帰って聴きましたが、僕が期待した音楽は第1楽章の中にだけありました。その後何度もこの曲を聴きましたが、僕にはこの第1楽章「夢と情熱」だけが格別の音楽に思います。第3楽章「野の夕べ」、第4楽章「断頭台への行進」もすごい音楽だと思いますが、僕はこの第1楽章「夢と情熱」の余韻にずっと浸っていたいのです

 ベルリオーズは27歳の時、この作品を作曲しましたが、その後この作品を超える傑作を作曲することはできませんでした。僕はこの幻想交響曲のストーリーにベルリオーズの人生を象徴的に見ます。第1楽章「夢と情熱」を絶頂に、その音楽的な魅力は下り坂になっているのではないだろうかと。物語が展開しているように見えるが、実は音楽的な魅力が失われているような気がしてならないのです。この曲が持つ強い物語性、標題性が音楽性を弱めてしまっているのかもしれません。



ラベル:ベルリオーズ
posted by やっちゃばの士 at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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