2010年05月01日

イメージクラシック「夢」@

スクリャービン  交響曲第3番ハ短調『神聖な詩』より「悦楽」

 音楽というものを視覚やストーリーに置き換えて表現することは大変難しいことです。特に歌曲やオペラのように歌のない音楽を音楽以外で表現することはほとんど不可能と言っていいでしょう。このことは、100人の聴き手がいるならば100通りの全く異なった表現になるということでもあります。

 「」というキーワードもクラシック音楽の様々な曲の中に見出すことができます。実際に「夢」というタイトルを持つ曲から、ただ「夢」のような印象を与えるだけのものまで様々です。ただ「夢」という言葉自体人によっての受け散り方が違うので、後者の場合の範疇は無限に広がることになります。このような事情の中で、あえて「」をイメージさせる曲を考えてみました。


夢のような楽園


 スクリャービンの『神聖な詩』の第2部「悦楽」はまさにこの言葉がぴったりときます。そのあまりにも官能的で波のような音楽はまるで日常のすべての苦しみを癒してくれるような「麻薬的な力」を持っています。


傷ついた体を黄色く包む光
恍惚の波
泉のやさしいせせらぎ
小鳥のやさしいさえずり


究極の癒しの音楽がここにはあります。

 
 ただ時折不気味に響く金管楽器の下降する響きが、何か非現実的で大切なものが崩れ去っていくような予感を与えます。この予感がすべてが夢であるにすぎないということを教えてくれます。

 しばしば「夢」は非現実的な展開をするものです。自分の意志とは反対の方向に「夢」のストーリーが展開していく経験は誰にでもあるでしょう。「悦楽」の音楽はこの夢の感覚に似た世界を持っています。


深い深い夢の世界に落ちていく楽園は同時に崩壊に進む

 金管楽器の鈍重な響きによって「悦楽」音楽は終わりを迎えるのですが、この部分の音楽は「夢から覚めて現実に戻る」瞬間を見事に表します。この最後の部分を聴くと「やっぱりあれは夢だった」という気持ちになると思います。


 スクリャービンは5曲の交響曲を残しましたが、『神聖な詩』の「悦楽」がそのクライマックスではないでしょうか。僕は彼の交響曲の中ではこの曲が一番好きです。

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ルドン 『花の中のオフィーリア』



posted by やっちゃばの士 at 00:33| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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