2012年04月25日

イメージクラシック「鐘」その1

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番ハ短調より第1楽章

鐘の音集めて流れる旭川

 仏教、キリスト教と寺院には鐘が付き物です。鐘の音というと、おそらくキリスト教文化圏に住んでいる人ならば、教会の鐘の音を連想すると思いますが、お寺も教会もある日本の都市に住む人はどちらをも想像する可能性があります。田舎であれば「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」のイメージかもしれません。

 僕は大学1年生の時、あるミッション系の女子大のすぐそばにあるアパートに下宿していました。夕方になると毎日のように鐘が鳴る音が聞こえてきました。大学に入ったばかりで早くも五月病になりかけていた僕は、悶々とした気持ちを油絵にかけていました。僕は宮沢賢治『グスコーブドリの伝記』と自分の心象風景をかけて、作品を描いたのですが、その絵には教会の鐘が登場していました。このような体験があったためか、僕にとっては鐘の音とは教会の鐘を意味します。その後、多くのクラシックの作品の中に、鐘の音を見つけることを大きな喜びとしてきたものです。

 ラフマニノフにとって、ロシア正教の教会の鐘の音は特別な意味を持っていました。彼の作品にはたびたび鐘の音が登場します。その中でも最もよく知られているのがピアノ協奏曲第2番の第1楽章の冒頭です。曲は遠くから聞こえて来る鐘の音のようなピアノの和音で始まり、だんだん鐘の音が近づいて来るように、ピアノの和音連打が強くなっていきます。和音連打がクライマックスに達したところで、鐘の音は乱射し、広大な河の流れのようなオーケストラの第1主題の中に紛れていきます。

 いつ聴いても心に響く名旋律だと思いますが、この曲を作曲する前ラフマニノフは作曲に対する自信を失いノイローゼにかかっていました。自信作交響曲第1番の酷評のためでした。作曲不能の彼を救ったのが、ニコライ・ダーリ博士の催眠療法でした。僕はダーリ博士が具体的にどのような治療を行ったのかは知りませんが、きっと幼いころの音楽の原体験などに帰る訓練などをしていたのではないかと思われます。きっと幼いころから聴いていた教会の鐘の音は彼の音楽の原点だったのでしょう。それにしても、これだけの素晴らしい音楽をインスピレーションなしに書くことは不可能だと思われます。

 

ラベル:ラフマニノフ
posted by やっちゃばの士 at 20:45| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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