2012年04月26日

イメージクラシック「雨」その15

ブラームス バラード第1番『エドワード』

暗い部屋でひとり聴く雨の音
雨音は次第に強くなり
運命の鐘が激しく心を揺らす

 1854年2月26日、どしゃ降りの雨の中ロベルト・シューマンはライン川へ投身自殺を図りました。一命はとりとどめたもの、この事件はブラームスに大きな衝撃を与えたのでした。

 ブラームスのバラードは4曲まとめて出版されました。バラードを4曲残したのはブラームスとショパンだけですが、両者の作風は大きく違います。

ショパンはがある
ブラームスは地味

それではブラームスは面白くないかというと全然そういうことはありません。一言でいうと深くて透明な抒情とがっしりとした男性的な響きという他の作曲家にはない醍醐味があります。特に、バラード第1番の対位法的に運命音階がクレシェンドしていく中間部は何度聴いても飽きがなく、僕はとても気に入っています。


タグ:ブラームス
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2012年04月25日

イメージクラシック「鐘」その1

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番ハ短調より第1楽章

鐘の音集めて流れる旭川

 仏教、キリスト教と寺院には鐘が付き物です。鐘の音というと、おそらくキリスト教文化圏に住んでいる人ならば、教会の鐘の音を連想すると思いますが、お寺も教会もある日本の都市に住む人はどちらをも想像する可能性があります。田舎であれば「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」のイメージかもしれません。

 僕は大学1年生の時、あるミッション系の女子大のすぐそばにあるアパートに下宿していました。夕方になると毎日のように鐘が鳴る音が聞こえてきました。大学に入ったばかりで早くも五月病になりかけていた僕は、悶々とした気持ちを油絵にかけていました。僕は宮沢賢治『グスコーブドリの伝記』と自分の心象風景をかけて、作品を描いたのですが、その絵には教会の鐘が登場していました。このような体験があったためか、僕にとっては鐘の音とは教会の鐘を意味します。その後、多くのクラシックの作品の中に、鐘の音を見つけることを大きな喜びとしてきたものです。

 ラフマニノフにとって、ロシア正教の教会の鐘の音は特別な意味を持っていました。彼の作品にはたびたび鐘の音が登場します。その中でも最もよく知られているのがピアノ協奏曲第2番の第1楽章の冒頭です。曲は遠くから聞こえて来る鐘の音のようなピアノの和音で始まり、だんだん鐘の音が近づいて来るように、ピアノの和音連打が強くなっていきます。和音連打がクライマックスに達したところで、鐘の音は乱射し、広大な河の流れのようなオーケストラの第1主題の中に紛れていきます。

 いつ聴いても心に響く名旋律だと思いますが、この曲を作曲する前ラフマニノフは作曲に対する自信を失いノイローゼにかかっていました。自信作交響曲第1番の酷評のためでした。作曲不能の彼を救ったのが、ニコライ・ダーリ博士の催眠療法でした。僕はダーリ博士が具体的にどのような治療を行ったのかは知りませんが、きっと幼いころの音楽の原体験などに帰る訓練などをしていたのではないかと思われます。きっと幼いころから聴いていた教会の鐘の音は彼の音楽の原点だったのでしょう。それにしても、これだけの素晴らしい音楽をインスピレーションなしに書くことは不可能だと思われます。

 

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2012年04月23日

イメージクラシック「春」その8

ブラームス セレナード第1番ニ長調より第1楽章

新緑の新天地での新しい出発

 桜の花が散った後を埋めるように、生命力に満ちた新緑の葉がいつの間にか枝いっぱいについています。明るくのどかな四月の午後は純白な気持ちになるものです。

 ブラームスセレナード第1番の第1楽章の牧歌的なホルンの響きが聞こえてくるようです。この第1楽章は新鮮で幸福な思いに満ちた作品で、ちょっとブラームスらしからないさわやかさに満ちています。そこには意気揚々とした青年ブラームスの姿があります。

 ブラームスは64歳の生涯を送りましたが、彼の作品の持つ抒情は彼のそれぞれの年齢に相応したものになっているのが特徴的です。青年期には若々しい青年らしさ、壮年期には落ち着いた男性らしさ、晩年期には枯れた諦念のような弱弱しさと、ブラームスほど作曲者の年齢が作品にストレートに反映する作曲家も珍しいと思います。

 20歳のブラームスはデュッセルドルフのシューマンを訪ねますが、1年後シューマンはライン川への投身自殺未遂を起こし、その2年後に亡くなります。ブラームスはシューマンの死後、シューマンの妻クララとその幼い子供たちの助力になろうとシューマン家の手伝いをしていましたが、そのような状況のブラームスを見かねた友人が、デトモルトという小さな城下町の音楽教師に推薦しました。そこで彼は女性コーラスの指揮や婦人たちにピアノを教えたりするようになりました。そのような環境で、このセレナードは作曲されたため、さわやかな幸福感に満ちた曲になっているようです。展開部でクララ・シューマンのことを思い出したように音楽がちょっとメランコリーになるのが印象的でいかにもブラームスらしいです。

タグ:ブラームス
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2012年04月22日

イメージクラシック「鳥のさえずり」その1

ブルックナー 交響曲第0番二短調より第1楽章

ほの暗い教会の窓を開けると
風に乗って流れて来る
春の小鳥のさえずり

 ブルックナー交響曲第0番二短調は本来交響曲第2番となるはずでした。ところが、この作品に自信を持てなかったためお蔵入りにしてしまいました。新たにハ短調の交響曲が作曲され、第2番となりました。その後第9番まで傑作を残しましたが、この第0番は二度と日の目を見ることはありませんでした。

 ブルックナーがなぜ自信を持てなかったか、それはこの交響曲を聴いてみるとわかります。ベートーヴェンに代表される交響曲の傑作は、音楽の流れがはっきりしていて、盛り上がるべきところで盛り上がります。ところが、ブルックナーのこの交響曲は、音楽の流れが前へ進むのをためらうようなところがあり、盛り上がりそうで盛り上がらない音楽になってしまっています。ブルックナーの音楽を知らない人がはじめて聴くと、きっとわかりにくいと感じてしまうのではないでしょうか。

 それではこの交響曲は価値がないのかというと、そうではありません。ブルックナーの作品に親しんだ人は、地味とはいえ後のブルックナーの交響曲の特徴が詰まっているので、ブルックナーの魅力を堪能できると思います。第1楽章はとても根暗な曲想なのですが、牧歌的な第2主題と時折登場する小鳥のさえずりのようなフルートが印象的です。

 ブルックナーのシンフォニストとしてのキャリアはミサ曲から始まりました。ミサ曲は3曲とも傑作ですが、ミサ曲という曲の性質上曲想は暗いです。ただ時折自然を感じさせる曲想が登場するのがブルックナーのミサ曲の特徴で、小鳥のさえずりのようなものも登場します。その後第1交響曲を作曲します。この交響曲は勢いはいいのですが、あまり自然を感じさせる要素が少ない作品です。おそらく、ブルックナーは第1交響曲の方向性に行き詰まりを感じたのでしょう。再びミサ曲に近い曲想の二短調の交響曲(第0番)を作曲します。ミサ曲のように暗いけれども、自然の明りがすでに差し込んでいます。それでも彼は自信が持てませんでした。やがて第2交響曲ハ短調において、彼の音楽は暗い教会を去り、明るい田園を目指します。その後、彼の交響曲はジャックの豆の木のように、天をめがけてすくすくと成長していくのでした。

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2012年04月21日

イメージクラシック「朝」その10

ヴォーン・ウィリアムズ ロンドン交響曲より第1楽章

濃い霧に覆われた早朝のロンドン
陽が昇るとともに
霧は晴れていき
時計台の鐘の一撃が
もやもやとした空気を吹き飛ばし
忙しいロンドンの朝が始まる

 四月は入学、入社、あるいは異動転勤と、新しい環境での新しい出発の月です。春らしい明るい服装も手伝って、四月の大都市の朝の風景はとても生き生きとしています。

 20世紀のイギリスの作曲家ヴォーン・ウィリアムズロンドン交響曲の第1楽章は、ロンドンの朝の様子の描写で始まりますが、これがまた春の大都市の活発な風景によく似合います。色彩感豊かなオーケストレーションと親しみやすい旋律が特徴的で、都市を描いた音楽作品としてはレスピーギの交響詩『ローマ三部作』に比肩する曲だと思います。

 この曲はヴォーン・ウィリアムズの第2交響曲に当たり、作曲されたのは第1次世界大戦直前の時期で、彼はこの曲の初演の後、イギリス軍に従軍することになります。この戦争では彼の知人を含め多くのイギリス人が亡くなりました。大戦後、交響曲第3番にあたる田園交響曲を作曲しますが、この交響曲から彼の作風は内省的なものになります。大戦は彼の音楽に大きな影響を与えたようです。

posted by やっちゃばの士 at 19:24| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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