悲しみの海
おだやかな日差しが
うらめしい
昨年の今頃は、地震の被害で日本中が苦しんでいました。一年たって穏やかな東京湾を眺めていると、昨年のかなしみが波に乗って伝わってきます。あれから多くの人たちが「がんばろう」と希望の歌やメッセージを寄せました。しかし、失ったものは二度と戻ってこないという現実を消し去ることはできません。いっそのこと希望の歌を歌うよりも、思いっきり悲しみたいというのが素直な気持ちなのではないでしょうか。
なみなみと冷たい海水を湛えた運河を眺めながら、『白鳥の湖』の冒頭の序奏の悲しげなオーボエの旋律を思い浮かべました。『白鳥の湖』は魔法使いによって白鳥の姿に変えられたオデット姫とそれを助けようとするジークフリート王子の物語で、最後は魔法使いに騙されて命を失ってしまうという悲劇です。悲しげなオーボエの旋律の後、音楽は次第にスピードを上げオーケストラが激しい葛藤を描きます。この部分は悪と善、あるいは魔法の力と愛の力が激しくぶつかり合っているようでとても充実した音楽です。やがて悲しみの旋律が運命のように響き渡りバレエの第1幕が始まります。
この序奏はバレエ組曲に含まれていないため、あまり有名ではないかもしれませんが、組曲に入ってもおかしくない優れた音楽です。また、このバレエの音楽はすべてインスピレーションに満ちていて、透明感のある美しい抒情にあふれています。穏やかな海に僕はそっとこの音楽を捧げたいと思いました。

ラベル:チャイコフスキー