2012年02月11日

イメージクラシック「旅」その3

シューベルト 幻想曲ハ長調『さすらい人』

温かい冬の休日
青空に映える野山に出かけた
ずんずんと進んでいった

午後いつの間にか日は陰り
つめたい湖面は旅人を
深い淵の中へ誘う

風に揺れる波に
再び光が反射し
旅人は弾みながら出発する

 シューベルトさすらい人幻想曲は、小旅行へ誘ってくれます。春の匂いがかすかに漂うこの季節に僕はこの曲がよく似合うと思います。

 この曲が作曲されたのは彼が22歳のときで、まだピアノソナタで自らの様式を確立する前です。自作の歌曲「さすらい人」の旋律が用いられていますが、彼は自作の歌曲の旋律をピアノ曲や室内楽作品にしばしば引用したのでした。第1部の弾む足取りのような伴奏。第2部の移ろうような分散和音。

風は流れ
湖面の色は変化し
時は流れる


 シューベルトは短い生涯の間独身で、ボヘミアンのような生活を送っていました。家庭も固定した職もなかった彼の音楽はまさに旅人の音楽です。

ラベル:シューベルト
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2012年02月09日

キーワードクラシック「壮大・壮麗」その1

モーツァルト 交響曲第31番ニ長調『パリ』より第1楽章

パリの空にかかる虹を渡るモーツァルト

 モーツァルト交響曲第31番『パリ』の第1楽章は、とても壮麗壮大な音楽です。その壮麗壮大さは有名な交響曲第41番『ジュピター』を凌ぐと僕は思っています。冒頭の太陽のような堂々とした主題はいかにもモーツアルトらしいインスピレーションに満ちています。

 この曲は1778年、モーツァルトがまだ22歳の時、芸術の都パリに母と一緒に出て就職活動を行っていたころに作曲されました。彼はパリで冷遇を受け、この曲の初演から間もなく彼は最愛の母を亡くし、就職活動も実ることなく故郷のザルツブルクに戻ります。

 そういった環境の中で、このようなスケールの大きい音楽を書いたモーツァルトに、強い気合と並々ならぬ自信を僕は感じます。そのせいか速筆のモーツァルトがこの曲の作曲には時間をかけたようです。


パリ市民をあっと驚かせてやるぞ!



ラベル:モーツァルト
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2012年02月08日

キーワードクラシック「卒業」その5

チャイコフスキー 交響曲第5番ホ短調より第4楽章

 もうすぐ卒業の季節です。卒業式でかけるにはちょっと派手でヘビーですが、僕の頭の中で卒業のイメージにぴったりくるのが、チャイコフスキー交響曲第5番の終楽章です。

回想とお祭り気分の卒業式

といったところでしょうか。この終楽章は、序奏―主部―コーダで構成され、序奏では、第1楽章で登場しその後の楽章でも度々顔を出す「運命の主題」といわれる暗い主題が、長調で明るく伸びやかに歌われます。苦難の数々を乗り越えたあとの充実感が伝わってきます。この部分は「卒業式」でも使えると思います。

 その後激しい主部に入っていきます。この主部のリズムはとても印象的で、
 
イタリアのサルタレロとブラジルのサンバ

を足したようなお祭り的な音楽です。まるでそれまでの思い出が、ものすごいスピードでスクリーン上に走馬灯のように早送り再生されていく感じでしょうか。曲の情緒はチャイコフスキーらしく抒情性に富んでいます。僕がこの曲に対して回想的だと思うのはこの抒情性に原因があると思われます。

 コーダでは序奏の「勝利した運命の主題」が高らかに歌われ感動的に曲を締めくくります。やはり「卒業」で聴きたい名曲です。


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ディズニークラシックその1

チャイコフスキー 『眠れる森の美女』より「村人の踊り」(ガーランドワルツ)

 先日の日曜日、浦安市吹奏楽団のコンサートに行ってきました。幼稚園のママ友が出ているということで、昨年から聴きにいっています。第1部はホルストチャイコフスキーのスラブ行進曲等クラシック中心で、吹奏楽だけのスラブ行進曲はとても聴きごたえがありました。後半はディズニーメドレーで、ここでもチャイコフスキーの『眠れる森の美女』の「村人の踊り」(ガーランドワルツ)が登場していました。この曲はチャイコフスキーの曲というよりも「オーロラ姫のテーマ」として認識されていると思います。


オーロラ姫のワルツは不幸?

 僕はこのワルツを子供たちと一緒に聴くたびに、「この素晴らしいワルツを一体どれだけの人がチャイコフスキーの曲だと認識しているだろうか」という気持ちになります。なぜなら、子供たちがこの曲を口ずさんでいる姿を一度も見たことがないからです。僕は意識的に車の中で『眠れる森の美女』を流すように何度も試みましたが、未だに何の反応も示しません。なぜこのような結果になるのだろうかと考えてみました。

@音楽そのものが地味。とても優雅なワルツだが哀愁や特徴のあるリズムに乏しい。
A『白鳥の湖』、『くるみ割り人形』が有名過ぎて、3番手になってしまっている。
Bオーロラ姫のキャラクター自体が地味。シンデレラ、白雪姫、アリエルたちと比べると目立たない。

 上記のように、このワルツもオーロラ姫も素晴らしいのだけれども、それ以上に素晴らしい存在があるために、不幸にも目立たない存在になっているというのが現状だと思います。そういう不幸な事情があるため、僕はディズニーランドでオーロラ姫を見ると、がんばってほしいという気持ちになります。

 あと肝心な音楽の方はぜひチャイコフスキーの原曲を聴いてみてほしいと思います。フルートとピッコロのスタッカートによる編曲にはない小鳥の鳴き声のような響きがとても印象的です。

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2012年02月07日

イメージクラシック「旅」その2

シベリウス 『カレリア』序曲

 厳しい寒さの中立春を迎えました。僕はこの立春という言葉が大好きです。文字どおりに取れば「春が立つ」という意味ですが、僕はこの言葉を「混沌の中に基準を立てる」といった主体的な強い意志のイメージでとらえています。

凍りつく真冬の大地に打たれた春の杭の鼓動

 耳を澄ませば春の鼓動が遠くから聞こえてくるようです。春の鼓動はだんだん大きくなり、やがて胸の鼓動を期待で大きく膨らませてくれます。真冬の厳しい海の彼方の方からはるばると春の鼓動は波になって伝わってきます。春を探しに旅に出かけよう。

 シベリウス『カレリア』序曲は、春の鼓動を探し訪ねる旅人の気持ちが伝わってくる曲で、胸がわくわくと高まる曲です。カレリアはフィンランドの南東部にある地方の名前で、この地はフィンランド人の発祥の地と言われています。シベリウスは新婚旅行でカレリアの地を訪れ、そこで得たインスピレーションで劇音楽『カレリア』を作曲しました。『カレリア』序曲はその中の一部で、3曲からなる『カレリア』組曲ほど演奏される機会に恵まれていませんが、旅人の歩行のような明るく躍動する主題と、後半の春の鼓動のように響くティンパニの響きが印象的で、僕は序曲の方が気に入っています。


ラベル:シベリウス
posted by やっちゃばの士 at 07:28| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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