2012年01月31日

イメージクラシック「冬」その7

ショスタコーヴィチ 交響曲第5番二短調より第3楽章

雪と氷で閉ざされた世界
希望の光はいつ見えるのだろうか
遠い彼方にかすかに星が輝いているように見える
かすかに光が漏れる
あの氷のわずかな亀裂に
すべての可能性をかけて
僕は突破を仕掛けるその日を
息をひそめてじっと待っている

 ショスタコ―ヴィチ交響曲第5番の第3楽章は凍りつくような悲痛な感情が伝わってくる音楽です。彼がこの作品を完成したのは1937年。この年は1917年のロシア革命から約20年後のスターリンの粛清の嵐と第2次世界大戦の始まる前の不安に満ちた時代でした。共産主義はその後約70年余り続いたのでした。民主主義の現代に生きる僕から見るならば、この時代はまさに

暗黒の時代

です。そのような時代に感受性豊かな芸術家として独裁主義国家に生まれ生きていくというのは気が遠くなるほどのもどかしさがあったに違いありません。ストラヴィンスキー、プロコフィエフといった同時代の作曲家たちが外国に亡命するなかで彼はソヴィエトに留まりました。前2者の音楽には時代や体制の空気はあまり感じられませんが、ショスタコーヴィチの音楽にはそういった要素が色濃く反映されているのが特徴的です。

 弦楽器のみで続いていく悲痛さと非現実さを持った響きと、ひとり言のようにつぶやく木管の明るい小鳥のさえずり、氷の空に一瞬輝く星の光のようなトライアングルの響き、この独創的な世界を作曲者自身とても気に入っていたそうです。


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2012年01月24日

キーワードクラシック「宮沢賢治」その2

チャイコフスキー 交響曲第4番へ短調より第4楽章

 「この作曲者は実にあきれたことをやるじゃないか。」蓄音器のラッパの中に頭を突っ込むようにしながら、旋律の流れにつれて首を動かしたり手を振ったり、踊りはねたりした兄が今も見えるようである。(宮沢清六『兄のトランク』より)

 チャイコフスキー交響曲第4番の第4楽章を聴いた宮沢賢治の反応です。僕はこの文章を読んで、先ず「なぜ第4楽章なんだろう」と感じたものです。次に「賢治が聴いたのは第4楽章だけなのではないだろうか」という思いがわいてきました。賢治の無邪気な反応は、この曲のもつどんちゃん騒ぎ的な曲想を表面的にしかとらえていないと思ったからです。

 交響曲第4番は、作曲者がそれぞれの楽章に「運命に翻弄される作曲者自身の思い」を重ね合わせた標題的なストーリーを持った作品で、第1楽章から聴かなければ、第4楽章に込められた作曲者の真の思いは分かりません。第4楽章は、「悲観的に自らの運命を嘆いていてもしようがない。人生楽しいこともあるものさ。さあ歌え、踊れ、生を楽しもう。」といった標題を持っています。

 僕は「空騒ぎ」のようなこの楽章が昔から好きではなかったのですが、賢治の件もあり改めて何度も聴いてみるようになりました。そうすると以前には感じられなかった面白さのようなものが感じられるようになりました。童話の世界で自らの思いを表現した賢治には、メルヘンチックな音楽を得意としたチャイコフスキーの音楽に共鳴する素地があったのではないか。だからこそメルヘンからは程遠いこの交響曲の第4楽章に賢治は大いに共鳴したのではないかと僕は思うようになりました。

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2012年01月15日

イメージクラシック「朝」その9

ショスタコーヴィチ 交響曲第7番ハ長調『レニングラード』より第1楽章

 明るい朝の旧江戸川の岸辺を散歩していると、舞浜大橋を通る車や電車のごおっとした音が聞こえてきます。生き生きとした都市の生活。一方岸辺では小鳥が歌い、冷たい川面には白いマンションの映像が映っています。毎日同じように平和な朝が過ぎていきます。

ショスタコーヴィッチ交響曲第7番の第1楽章の冒頭は都市の朝の平和な風景を描いています。

力強い第1主題「生命の主題」
平和な第2主題「平和な生活の主題」

はまるで絵に描いたような平和な都市の生活をイメージさせます。あまりにもプロパガンダの絵のような感じなので、かえって非現実的に感じてしまうところがあるのが印象的です。平和な朝の生活は、やがて軍隊の足音によって壊されていきます。

 僕がこの交響曲と出会ったのが、ちょうど高校3年生の今頃、ちょうどセンター試験が行われる直前でした。センター試験の朝、高校から旭川を渡り岡山大学のキャンパスに向かう途中、僕の頭の中では戦いの前のこの平和な朝の主題が鳴り響いていました。やがて来る戦いの時間を想像しながら。


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2012年01月14日

イメージクラシック「日の出」その6

シベリウス 交響曲第4番イ短調より第1楽章

暗闇の世界
地平線からかすかに顔を出す
オレンジ色の太陽
地平線すれすれに
東から西に薄暗い天を移動する
風はざわめき立ち
森の小鳥は無邪気に歌う
夜はまだ明けないのだろうか

 寒い冬の朝昇ってくる太陽はエネルギーに満ちています。鋼色に凍てついた大地を照らすオレンジ色の光は燃えるようです。体は温かくならないけれども、心の暗闇を燃える火の塊が何かを探して動くのが見えます。

 シベリウス交響曲第4番の第1楽章の冒頭。うめくような低弦の第1主題の後、金管楽器が何かを呼び覚ますように登場し、やがて音楽がクレッシェンドしていく部分は、エネルギーがだんだん満ちて最後に爆発する「日の出」のようです。ただ日の出の後空は決して明るくなることはなく、太陽は月のように暗闇の天でオレンジ色の光を放ち続けます。

 1908年、シベリウスは喉頭癌を患い手術を受けます。翌年心を癒すためカレリア地方コリ山地に旅をします。生涯で最も素晴らしい経験の一つと彼が評したこの度の直後に、この交響曲は作曲されました。そういった経験の中で生まれた作品であるため、この作品は暗闇の中を希望の光を求めてさまようような雰囲気を持っています。僕は第1楽章の冒頭を聴くたびに、シベリウスがコリ山地で体験したであろう「日の出」の光景を思い浮かべます。


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2012年01月12日

イメージクラシック「田園」その2

ブルックナー 交響曲第3番ニ短調より第1楽章

霜の降り立った冬の田園
土の下は生命のエネルギーに満ち
耳を澄ませば
ぱちぱちと何かがはじける音が聞こえる

 寒い日が続き、我が家の庭のホースの継ぎ目も寒さのあまりひびが入っていました。公園の地面には霜柱が出来ていて、踏むとざくざくとした音がします。霜柱を見ると、僕は昔小学校に通った田んぼの中の一本道を思い出します。6年間毎日半ズボンで、行きは寒いのでまっすぐ進みますが、帰りは田んぼの中に入って寒さで固まった土の塊などを投げ合っていたものです。

 僕は年が明けた今頃の季節が好きです。表面上は万物が寒さで縮んでしまっているように見えますが、内側では春に向けての準備が進んでいるように思うからです。この季節は種子に例えられます。種子は固い意志とあらゆる可能性を持ち、エネルギーに満ちています。

 ブルックナー交響曲第3番の第1楽章は、冬の田園風景を感じさせてくれます。ブルックナー最初の大型交響曲である第3番は、ワーグナーに捧げられたため『ワーグナー』というニックネームを持っています。実際の音楽はワーグナーの音楽には見られない土の香りと田舎くささをもっています。第1楽章では印象的な3つの主題が登場しますが、これが実に田園ストーリー的です。

第1主題 哀愁に満ちたトランペットの響き。厳しい寒さに震える田園風景が広がります。

第2主題 弦楽器による穏やかだが神々しい音楽。生物に命を与える光と水。

第3主題 力強い男性的な音楽。エネルギーは高まり、やがて来る爆発に向かって前進。


ラベル:ブルックナー
posted by やっちゃばの士 at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 田園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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